| 荒々しき息の下なる祖父におやつの干芋われわけたりき |
| 六階の窓の日差しに花を置き子らの生活(たずき)の定まりゆくらし |
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| 白杉
みすき (暖冬) |
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| しまい湯の後を清むる窓ガラスこの冬結露の少なきを思う |
| 冬枯れのアケボノ杉の秀から秀にうつる鳥あり一羽また二羽 |
| 七つ八つ球根を埋めて足らうらし夫は日向の椅子にまどろむ |
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| 田坂
初代 (錯覚) |
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| 母の亡く五歳よりわが手に育ちし義弟は逝きぬ七十四歳 |
| 二歳にて母亡き弟心から我を母よと慕いおりしに |
| 弟の姉さんおるかの声聞こゆる錯覚のあり逝きて半年 |
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| 西川
和子 (台北の旅) |
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| 台湾に留まる事も考えしと書きにし父を思い行く旅 |
| 戦前より存続の鉄道というに乗りて窓の眺めの何かなつかし |
| 二十一年二月基隆のこの港より千歳丸にて帰還せし父 |
| わが娘ものを訊く英語も北京語も通ぜざる地ぞ咄嗟に筆談 |
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| 長谷川
令子 (冬日) |
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| 苔生うる桧皮の屋根にしだれたる大き桜の芽吹き未だし |
| 実を僅か残してたてる菩提樹下の小さき灯篭マリア像残す |
| 山間の小さき御堂色褪する五色の幕の風になびきて |
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| 増田
照美 (オーストラリア) |
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| 山頂に見上ぐる南十字星天の戸河に抱かれ光る |
| 闇の夜の森に入りたり木の枝にポッサムの目の赤く光りぬ |
| 見はるかす谷を覆えるユーカリの森にブルーの霞のかかる |
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| 山口
克昭 (南部) |
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| 人の味馬に勝ると高山彦九郎南部の飢饉を紀行にしるす |
| うすあかり納戸の隈に若かりし母の筬打ちありし記憶す |
| 煤けたる自在鉤あり日にやけてならぶうからの顔思わしめ |
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6月号作品より
50音順 |
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| 藤田
政治
大阪 |
| いちはやく黄梅とレンギョウ咲きそろう連翹の花はみな下向きに |
| 冬ごもりの虫穴を出るという節気あたかもわが誕生日 |
| 堀
康子
網走 |
| 流氷の汚れてわずか残る岸に波の戻りて昼の雨降る |
| 願いごと多く成し得ず終るらし心みだれし夜半もすぎたり |
| 松浦
篤男
高松 |
| 認知症になりても哀れ事務を言う自治会に長く勤めいし君 |
| 老のみの園の若手にて自治会の明日託せるに忽ちに亡し |
| 村松
艶子
茨木 |
| 筋力の弱る姿を子らは見て進めてくれし機能訓練にいく |
| 音楽に合わせて手足動かせば上手下手なし心が動く |
| 森口
文子
大阪 |
| 高々とさえずる今日のカワラヒワ繁殖のとき近づき来たり |
| ハジロらの群れて争うこともなく渡りを待つか広池の午後 |
| 森田
八千代 篠山 |
| 庭隅の南天の実は食いつくししや鶲のなくこえ今朝はきこえず |
| 暖冬に植付け季の水足れるやと老いしは日向の縁にならびて |
| 山内
郁子
池田 |
| 大奇岩の合間に砂の塔つづくカッパドキアに昇る日を待つ |
| 地下都市よりいできて昼を仰ぎみるトルコの空のターコイズブルー |
| 横山
季由
奈良 |
| 石の道標傾き立てる岩屋峠笹蔭を当麻へ道下る見ゆ |
| 腰の鈴をならして下りくる人に会う二上二峰めざしゆく道に |
| 吉富
あき子
山口 |
| 二年経てやっと慣れこし介護制度変わると言うに戸惑う日々なり |
| 幼くて別れし姉の名前さえ思い違ゆるほどの老い様 |
| 原田
清美
高知 |
| いちはやくツバメ来りて巣を作る吾が町はゆれる核の話に |
| 斑惚けの姉に書かしむる委任状一字毎吾を見る顔はおだやか |
| 春名
久子
枚方 |
| 不眠によいと子より届けるジャスミン茶香の柔かし立春の午後 |
| 弾片が足に残ると告ぐる夫若き医師きみ一瞬もだす |
| 平野
圭子
八尾 |
| 地球節祝ぎたる午後はクラス会に集い愉しむ女学生たりし |
| 温かき冬を小桜のまばゆきまで朝の光に咲き映ゆるなり |
| 松内
喜代子
藤井寺 |
| 春彼岸過ぎて雪積む北の地にうつ病む友のその後を思う |
| いそしみし二度の勤めを解雇されて家居する夫はシュレッダーする |
| 松野
万佐子
大阪 |
| 寺庭の水をはる鉢に枯れたりと見えつつハスは春を待つらし |
| 外に出る口実でしたと叔母ふたり携え月々墓詣でせし |
| 松本
安子
美作 |
| 奥山はしぐるるらしく淡き虹かかる夕べの道を戻り来 |
| 那岐山の麓の大き溜池の溢るる水に水車はまわる |
| 森本
順子
西宮 |
| ロータリーも商店もなき新駅は通勤時すぎ人かげまばら |
| 新聞に載る兄の歌縁側に憩える祖父に聞かせし記憶 |
| 山口
克昭
奈良 |
| 積む雪に停電いく夜いろり火を囲むうからの話絶えけり |
| 冬枯れの野のみ仏に供えある色あざやけきビニールの花 |
| 山田
勇信
兵庫 |
| にび色に寒さもどれる低き空を鴉に追わるる鳶一羽あり |
| 時刻かえ位置をかえつつ春の月夜々みちきたり木ぬれを離る |
| 吉田
美智子
堺 |
| こつこつと歯の音がして噛む夫と目が合いその目笑っておりぬ |
| 明日あたり開くはずなる水仙に寒の戻りの風ふき止まず |
| 吉年
知佐子 河内長野 |
| 流れゆく時忘れじと書きとむる日記といえど数行にして |
| 朝刊を手に取り気づきぬ今日五日世になき夫の誕生日とは |