桜草の鉢一つ置くガラス窓結露にくもるを朝あさ拭う |
十年を病める義弟車椅子に写る表情の穏やかになりて |
池上
房子
河内長野 |
バラ園の椅子に憂いを鎮めおり花愛ずる人なき寒の日を |
詠みましし梅も芙蓉も根こそぎに君の家跡更地となりぬ |
池田
和枝
北九州 |
降りる人乗る人もなき野の駅に発車時刻のベル鳴りひびく |
西の陽に映えてひととき赤金の色になるとぞ裏桜島 |
上野
道子
堺 |
さりげなく見守ることと心得て老い多き街にわれらの老いゆく |
老い夫婦憩える苑の東屋はいつしか屋根もベンチも除かる |
大濱
日出子
池田 |
南区鰻谷仲之町二十番地より小学校女学校に通いき一人子にして |
賜りし酔芙蓉かく伸び立つを告げなん友は早く世に亡き |
岡田
公代
下関 |
山畑を耕しふたりの孫を見し母の思いは今われに満つ |
その兄に玩具ゆずりて九カ月の康汰穏しきまなざしを見す |
岡部
友康
大阪 |
暖冬と言わるる二月ガラス戸に早くも目の赤き猩々蝿とぶ |
山の上までつづくあたらしき住宅群相似る型にならぶ墓標とも |
遠田
寛
大阪 |
九十九折下る車窓にみる谷の深き緑に花もつ一木 |
兄と来て交々浄むる父母の二基われらが後のことには触れず |
角野
千恵
神戸 |
其処ここに乾ける土の粒を盛る庭の蚯蚓の春のいとなみ |
山ふかき今宵のやどりに目のなれて春の靄透く淡き星あり |
葛原
郁子
名張 |
カプセルと四粒の丸薬掌に並べ今日はトンボか蝶かと思いて服用 |
灰汁抜きの旬の山菜みな旨し私の灰汁も抜けて行きたり |
浅井
小百合 神戸 |
妻われに美味なる料理食わしむと食文化という講座選ぶらし |
改札の流れの中に揉まれいて吾をみつけるまでの夫見つ |
池田
富士子 尼崎 |
届きたる緑と紺のランドセル背負いたるまま双子の遊ぶ |
勤めもつ母と別れのタッチして双子は今日より通学路ゆく |
石村
節子
高槻 |
葉桜の静かな池にたちつくし魚をうかがう白鷺一羽 |
遠く住む若き子留守電のつづきつつ吾の懸念の一つふえたり |
井辺
恵美子
岡山 |
伸び立ちて支柱に絡む莢豌豆野ねずみ出でて根を食い荒らす |
佐用川の州を占めて咲く菜の花の水に映りぬ黄にゆらぎつつ |
上野
美代子 大阪 |
髪に肩に桜の花びらつけ帰るあるかなきかの風に散れるを |
郵便受け見に行きし夫呼びくれる二年振りなる鉄線咲くと |
馬橋
道子
明石 |
諸木々の若葉となれる谷間を神戸夢風船揺れつつのぼる |
姉と弟互みに病みて後先の知れぬ世を言い握手をかわす |
蛭子
充代
高知 |
生前の車椅子の夫と行きし道今病床に吾は見ており |
病室が南に移り朝日浴び今朝の目覚めは快調なり |
奥野
昭広
神戸 |
温かき紅茶に数滴ブランデー注ぎぬ一人の留守居に慣れて |
鶯は吾が口笛に足を止めあたり見渡す若鳥らしき |
奥村
広子
池田 |
造幣局の通り抜けなど行きたきに山椒の花の摘み頃にして |
山椒の蕾のうちに摘み取らん三日過ぎなば価格下落す |
奥村
道子
弥富 |
公孫樹までの朝々のみち犬と吾ともに歩みの遅くなりたり |
浸しおく器の中の浅蜊より三河の潮の香りたつなり |
安西
広子
大阪 |
大川を水上バスゆきカヌーゆきジャズを奏でる船の浮く春 |
母の手を放して歩む幼子は自らの意志持ちはじめたり |
井上
満智子
大阪 |
白木蓮風にゆらぎて夥しき花を散らせるみ墓への道 |
アイススケート演技極まり宙に浮く少女の足を息つめて見る |
岩谷
眞理子
高知 |
町長候補者の演説聞こゆその中を救急車のサイレン近く止まれり |
土にさす幟の形の絵馬並ぶ参道脇は花咲くごとし |
上松
菊子
西宮 |
咲き揃う桜並木に車止め降りてケイタイをかざす人あり |
ソリストの旋律流れマエストロの振るタクト糸を紡ぐに似たり |
梅井
朝子
堺 |
挨拶を先ずは教わり一年生折り目正しく運動場に並ぶ |
サイレンを鳴らし夜更けの町に響く暴走音を呼び止むる声 |
湯川
瑞江
奈良 |
朝ごとに生姜をすりて紅茶いるる我がためになす事の始めに |
夜の雨のしずくふふめる木犀の新芽の色のかがよいて透く |
山口
聡子
神戸 |
心打つエルミタージュの力作はソ連で在りし父母とみしもの |
風吹きてピンクの花びら一面に瞬く間に客間を豪華にす |
安田
恵美 堺 |
クレーンのアーム動きて二日目に新築一軒すがたの見えぬ |
雨あとの風たつ樟の木下道かすかな音して春の落葉す |