選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 大阪 |
三白眼に睨(ね)むる病子規の狭量をあらわにしるす門下のありき |
ただしばしもの書くのみに倦む朝々おもいみざりし老いの懶(ものぐさ) |
畳に仰臥して憩うこと多かりし父をおもえばそのよわいなる |
醒むるにも眠るにもあらぬ胎内の日々懐かしむ吾やななそじ |
残生というをはかなむ妻の手にそだつミズナの硬きを噛みて |
豆苗(とうみょう)の株捨つるなく水培(か)いてふたたびの葉を妻のまつなる |
日ざかりに視野の霞むは白内障の通例ですとそっけなくいう |
井戸 四郎 大阪 |
パソコンがトラブルに使えぬ三日ばかり老のますます進むと思う |
自らの思い違いにディレクトリをフォーマットせるに気付きぬ |
滞り動作はじむるパソコンを夜半すぎてなお点滅操作す |
夜を通しスタンバイするパソコンの朝には元に戻れと希う |
今世紀文明を支配するコンピュータその片隅にわが生のあり |
バックアップせぬ数年のメモリの残らず吾の気力さえ失す |
回復の見込みの無しと諦むる心に電源スイッチを切る |
土本 綾子 西宮 |
花に酔い鳥と遊びて春ひと日最年長われも友のまにまに |
久びさの神戸の町は高層のビル林立しまぶしきばかり |
震災のあと十二年めざましき復興の町に目をみはるのみ |
止まり木に剥製の梟と見ておればあれよあれよ目が動き横を向く |
カメラ向ければ首をのばしてポーズとるシロフクロウは飽くこともなく |
羽根ひろげ得意のポーズ披露する孔雀は人にカメラに馴れて |
熱帯性睡蓮の池には百種の花わきて清楚にキングオブザブルース |
高 槻 集 |
坂本 登希夫 高槻 |
新聞は三ヶ月に亘り反核の吾の投書を掲載しくれぬ |
六十五年前の中支の兵海越えて班長吾に会いたしと来ぬ |
枝に登り裏年の梅を青葉わけ長くかかりてかにかく収む |
川中 徳昭 宮崎 |
老多きを限界集落とは言い得たり吾が集落の自治ままならず |
牛飼いて修羅もありたり元取れず伝来の山売りたる事も |
梅雨の陽の山の麓に舂(うすづ)きて代掻く影の伸びて移ろう |
吉田 美智子 堺 |
珈琲かお茶かと母に問いかけていつもの答えどっちでもいい |
風呂あがりよろけて上に乗りきたる母の裸身の柔らかにあり |
慣れぬ夫が押す車椅子ばらの咲く方へと母の初リクエスト |
8月号作品より 50音順 |
小泉 和子 豊中 |
古くなるわが家傾き下げ振りは確かに示す北に六ミリ |
亡きあとのすさびに植えし金雀枝の星なき夜に花明りして |
後藤 蘭子 堺 |
アララギの茂りかの日の如くにて朱き実を口にしのぶ面影 |
秋茱萸の伐り払われし草原に蒿雀(あおじ)の群のせわしく動く |
許斐 眞知子 徳島 |
明け方より母はうとうとと眠り始む思えば亡父も昼を眠りし |
健やかな昔に戻るかのように時折り母は吾の名を呼ぶ |
佐藤 徳郎 生駒 |
富雄川に沿う道走る車の列早春の光をそれぞれに返す |
みささぎの周濠の底に顕れて冬日かがよう田道間守の墓 |
白杉 みすき 大阪 |
神域につくれる春の宿舎あり短パンの力士洗濯機まわす |
この日ごろ味覚に疎くなる夫の今日若牛蒡がうまいと言えり |
菅原 美代 高石 |
春おそき山形庄内どの宿も孟宗汁の椀の出でくる |
残雪の光る月山バスの窓に向き変りつつ近くなり来つ |
田坂 初代 新居浜 |
嫁吾をわが娘よりいとしみし舅を偲ぶ五十回忌に |
四十四で十人おきて姑は逝く独りで製材劇場もして |
笠井 千枝 三重 |
農道を走る車窓に見る早稲の出穂のひろがるゆたかな日差し |
綱を持つ連帯感に御木曳きを終えて夜空の望の月見る |
梶野 靖子 大阪 |
濃きみどりを淡きみどりを見下せるゴンドラ揺れて細き滝見ゆ |
青梅の大きくなりて日毎落つ二瓩余りを籠に拾いぬ |
川田 篤子 大阪 |
横たわるミイラの両手に指輪の影見えてCTスキャンの画像 |
古のエジプトびとの崇めにし鰐のミイラの鱗あざやか |
忽那 哲 松山 |
大橋より上手は速し四万十川広見川流れ入りて波立つ |
白内障ややに兆せるわが眼にも天竺葵のくれない深し |
鈴木 和子 赤穂 |
アムールの河畔へ帰る日近からん今日一つのみいる緋連雀 |
紫のジャーマンアイリスギリギリと音たて花弁反らしきりたり |
竹川 玲子 大阪 |
耳遠き我をかばいて大き声かけくれたりし晩年の夫 |
枕もとに朝着るものを順番に並べて寝ると見えぬ母言いき |
辻 宏子 大阪 |
一つ覚え二つ忘るる吾が大脳齢相応の症状なりや |
散る桜の雪とまじらう荘厳を夫のみ墓にかって見たりき |
安井 忠子 四條畷 |
人影のなく諸々の鳥が鳴く山の霊園夫と参りぬ |
鳥たちのついばみ残せる梅の実はわが家の分と一キロあまり |
三宅 フミコ 岡山 |
醍醐桜一本のいのち千年の花に気圧され佇ち尽くしたり |
松田 徳子 生駒 |
億劫な確定申告かきおえて吾は低所得層と気づく |
増田 照美 神戸 |
宵闇のはげしき雨にたたかるる白木蓮の白のながれず |
睡蓮のあわいに群るる小さき魚光かえしてすばやく泳ぐ |
戎井 秀 高知 |
黄のジャンパー着たる女ら核ゴミはいらぬと声あげ町を廻るも |
信号を苛だちて待つ車の前身をひるがえし燕すぎたり |
大杉 愛子 美作 |
伸び早き真竹の筍鎌に払う肌より黄なる樹液をちらす |
真夜中の咳はとまらず一服の茶もままならぬ一人居われは |
雨にこもる今日心して般若心経一巻写せり亡き人のため |
岡 昭子 神戸 |
復活祭を祝うカードの送られてふたとせぶりに健在を知る |
谷中墓地徳川家墓地とめぐり行く夫の好みし散歩道なり |
待合室に写し出される奥入瀬渓谷夫と歩みし日もはるかなり |
奥嶋 和子 大阪 |
連絡の無きまま早朝にチャイム鳴り二年ぶりに息子の帰る |
数台の倒れる自転車を横に見て駅へと急ぐメイストームの中 |
カレンダー五月の空いた一日に夫との葛城行きを書き込む |