平成19年10月号 

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桑岡     孝全            大阪
地階食品売場ゆきます赤きベレーを見かけて声をかけざりし日よ
センセイは木先生のことでありし編集会議若かりしなかま
新大阪の駅構内の道ながしといといましたりき月々のつどい
老いづける先生の健啖たのもしと見たりき金剛山宿泊会議に
君がハンドル に矢継早なる奥様の小言きこえて走りしむかし
補聴器をしりぞけたまい 物言わず坐り いましし会議いくたび
ほとほとに耳癈いたまい 『閑忙』 を祝賀の席に坐りいましき
井戸     四郎            大阪
歎かいを寄せたまいたる夾竹桃の花咲きて散る四十たび余り
苦しみて務めたまえる四十年先生は亡し一年の前
寺庭の朝咲きさかる夾竹桃亡き一年を思い返しぬ
前庭に小高く立てる石ぶみを称え集える日を思い出づ
二つ病院一つとなりての歌碑の前さやけき声のひびく思いす
先生の心汲み得ず従いて亡きより一年嘆きのやまず
花きささげ影する大き石ぶみの前にかすかに知れぬ涙す
土本     綾子            西宮
抽斗の奥にころがる筆の束レタリング学びしころの名残に
大き小さき烏口あまたレタリング習いてひたすらなりし遠き日
レタリング専科五級位認定証こんなものがまだ残ってました
有望と評の書かれし成績表日本通信美術学園の印
家業潰えレタリングにて生計を援けんと励みし一時期ありき
学びたるレタリングにて残る二つ笹川献吉歌集関西アララギ題字
先生に最後のつとめと追悼の稿打ち続く昨日また今日
         湧  水  原    (28)
上松     菊子       ( 源流)
富士山の雪解け水の時を経てここ柿田川の源流とせる
湧水を観るバルコンに石段の五十余りを降りて至りぬ
帰り来てまずは茂吉のドナウ川源流尋ねし紀行文を読む
岡       昭子        (保育の場にて)
おとまりの夕べゆあみの園児らの裸かさなるスナップ写真
上半身裸となりて摩擦して園児の朝の体操はじまる
おいも掘り一歳児たちは芋よりも土をいじりて遊んでいたり
奥嶋     和子      (中国の街)
九月より娘が大学に通うべき北京の空気の汚れに慄く
公園に無料の映画うつされて出稼ぎの人ら夜毎見るらし
岸近く水牛数頭泳ぎいる桂林ここはベトナムに近し
小泉     和子       (中伊豆・加西)
溶岩よりしみ出づる水集まりて芹クレソンを浸して流る
小止みなくここに湧きつぐ真清水をかがまり見れば砂動くなり
日の温み持ちて立ちます地蔵尊背なに十字架刻まれてあり
佐藤     健治       (白神山地の歌)
冬来たらば雪積みて人の踏みいるを阻むべしこの白神山地
林道のわきに立ちたるぶなの木はよわい四百年仰ぎみる
吹き寄する山背の風に五所川原の農のいとなみ厳しきを聞く
白杉   みすき      (熊楠旧居と城下町)
千本格子の引戸閉ざされ遠き日にわが見し儘の熊楠旧居
幼き日餡パンをくれし熊楠のデスマスクの前われ去り難し
手を入れずおどろおどろに見ゆる庭熊楠の思い息づく所
長谷川   令子       (春を訪ねて)
気比の浜の白砂に寄する漣を透きて水底の砂のきらめく
幹太き杉の木立の奥深く日枝神社は扉閉ざせり
龍獅子の飾瓦に日のひかり映ゆる修善寺桜咲き初む
増田     照美         (ドイツ・スイス・フランス)
城壁に修理従業者の名を刻むわが同邦のまじるは親し
毀たれし城に入れたり地下室に店の開かれワインを売りぬ
氷河より流るる水は日を浴びて一筋白く岩肌を落つ
松内   喜代子        (石畳の道)
ボートに身を伏せて入りゆく洞窟に青き光の水の面に満つ
ここよりは車入るなきヴェネツィアの運河のほとりの浜茄子の花
フィレンツェの狭き路地裏の石畳光つつ見ゆ小雨に濡れて
松野  万佐子         (フランス)
花のパリ少し出づれば藁葺きの農家のありて小馬の遊ぶ
牧草の畑にいくつか六角の小屋設えて食用鳩飼う
サボテンの咲く岩山に見下ろせば日にかがやきて地中海あり
山口     克昭         (悼む)
妻君の行き届きたる京都言葉けさ零時おだやかに逝きました
なお話す余力あれよとホスピスをたづぬる道に信号を待つ
覚むるなき睡りに落つる君をおき戻る裏道人に合わざり
         10月号作品より          50音順
浜崎  美喜子            白浜
松明をかざして石段駆け降りる男の熱き灯祭り今宵
ランドセルに防犯ベル下げ下校の児ら道草すること知ることもなし
春名     一馬            美作
心こもる人らの花に囲まれて卒寿の爺がもの言うところ
ひとり居の爺に用なきオール電化勧むる電話は喋るにまかす
藤田     政治            大阪
輸入止まれば食うにも困る嶋の国経済大国など言う勿れ
衰えし国技とおもうモンゴル人横綱ふたりの土俵入り見て
堀        康子            網走
午前三時水平線上茜射し病室の窓の藍深き海
暁のひかり耀うオホーツク出でゆく帆立船(ほたて)二十一艘
松浦     篤男            高松
銘水の喉に沁みるも二千キロ北より君が送り賜いて
八十まで生かされし幸に一度はと希みいし君に今日は会いたり
丸山     梅吉            大阪
何よりも三度の食事おいしいと年をかさねて百歳となる
原田     清美          高知
台風の去りて明けたる朝の市二軒の出店に人の集える
茄子胡瓜枯るる旱にすべのなし夫突然に入院をして
春名     久子          枚方
声あげて薯ほりいだす幼らの手より黒土こぼれ落ちつつ
みやげもの先に届きて兄がくる備前なまりの懐かしき声
平野     圭子          八尾
腰曲げてわが朝夕の水やりにもみじ葵のひらくくれない
どくだみの延び掩えるを剪り払い曼珠沙華の出づる花待つ
阪下     澄子           堺
通るたび鉄骨延びて建物の形なりゆくマーケットゾーン
防虫剤まく裏庭に蝉の声一つ聞こえて飛び去る音す
沢田     睦子          大阪
裏庭にあまたの穴をみつけたり一夜のうちに蝉の出で来ぬ
北浜の地下より出れば様変り探すホテルはコンビニとなれり
杉野     久子          高知
雀の子巣立ちの出来ず木瓜の木で鳴くに親雀が餌を運びくる
絵手紙を書かんと吾も若きらの中に七十の手習い始む
高見   百合子         美作
親に享けて七十年をゆるがざりし歯の揃えるを医師が賛美す
診察のあいまあいまに歯科医師の世間話に抜歯済みたり
津萩   千鶴子        神戸
独身の元女医さんに趣味を問えば言葉少なに哲学と言う
こうもりの飛ぶを妨ぐるもののなしビル建つまでの広き夕空

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