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選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 大阪 |
わが町の田居にある朝きざせりと見し黄熟のとどこおるなし |
父が子に素読を教えしとおき世のなににしのばゆ秋天到る |
ピッパラを菩提樹とせりその下に深きさとりを得給いしより |
舎利弗目犍蓮富楼那たちみおしえを歓びとして先に逝きにし |
こらえしょうなき老いとなり検査前絶食薬物嚥下のいちにち |
困憊をしてわが坐る地下食堂視野のはずれに何かはばたく |
悲しむほかなきあれこれを意識よりふりはらうなる老の習熟 |
井戸 四郎 大阪 |
中国の神農倭の少彦名医薬をつかざどり道修町にいます |
首を振る張り子の虎の縁起笹もちて外国紳士罷りぬ |
ビルの間の狭き斎庭に幹太き楠の枝葉の昼の日に照る |
神木の楠の根方に腰おろし神社休日の昼を憩いぬ |
休日の宮の春琴抄石碑まれに見に寄る人のあるらし |
一たびは春の旱に衰えしほととぎすの花付かず過ぎゆく |
照りつくる西日に少し影したる蔓を払いて零余子を納む |
土本 綾子 西宮 |
半夏生葉鶏頭ことし丈低し異常気象の余波はここにも |
暑さなお衰えぬまま日の暮れて庭隅に幼きチチロの声す |
海馬より消えいし人の名が唐突によみがえりたる今朝の喜び |
励みたる頃の名残の糸あまたのこる引出しはそのままに措く |
面白くなり来しページを閉じて立つ眼鏡を替えて夕の支度に |
高 槻 集 |
松浦 篤男 高松 |
正視受くる世となれど隔離長かりしき君の葬りに肉親居らず |
百三十余の療友平均七十八歳今日の一日に二人みまかる |
発汗機能癩に侵され暑に弱く外出控うる夏も過ぎたり |
池田 富士子 尼崎 |
新しくおろせる鋏の立つる音こころよくして笹の葉刈す |
子の住める甲斐に来りてゆくりなく武田神社の茅の輪を潜る |
スイツチバック繰返しつつ紫陽花の咲く渓谷を運ばれてゆく |
上野 美代子 大阪 |
訪米の予定書込むカレンダー吾らの最後の遠出と思う |
窓下に咲き残りたるしゃがの花アメリカの地に丈高く殖え |
娘の庭の電線伝うリスを見る朝のテーブル囲むひととき |
12月号作品より 五十音順 |
遠田 寛 大阪 |
やがて来る日に備うべく書き置かん何もなき者ゆえのあれこれ |
朝夕に薄れる視力なお恃み読み止しの文庫本を開きぬ |
角野 千恵 神戸 |
半月を臥れる窓にみて過ぎぬ夏日の下に枯れゆくエゴを |
垣根より見えて隣の玄関にハロウイン飾る母と少女と |
葛原 郁子 名張 |
墓原の坂道よいしょよっこらと一番高きに私の先祖 |
おりふしに墓参りせし吾なるも里人に会えざり 五十年 噫 |
小泉 和子 豊中 |
すすぎして色の褪せたるTシャツを再び着ている昭和一桁 |
一夜のみ泊まて帰る長男の別れは告げず雑踏に消ゆ |
後藤 蘭子 堺 |
カレー店子の開きて一年余り次ぐ開店は逞しとも畏ろしとも |
青葉吹く風のすがしも峠道鳴きたつる時鳥遠く又近く |
許斐 眞知子 徳島 |
み社の朽ちてしまいし境内に狛犬残り人は額衝く |
朝空に伸び立つ楠の太幹に手を当て祈りぬ娘無事であれ |
佐藤 徳郎 生駒 |
なんきんはぜの花房歩道に乱れ散る梅雨の終りの雨は激しく |
城跡に古る芭蕉記念館紀行記しし真蹟見入る |
浅井 小百合 神戸 |
新装の雑貨店開くこの場所を畳みたる店思い出だせず |
虫食いも無く透き通る新米を夫の好みに柔かく炊く |
尼子 勝義 赤穂 |
暮れ方に校舎を巡り施錠する吾が足音の廊下に響く |
校門の鍵閉め終えて見上げたる街灯の上に月は光りぬ |
石村 節子 高槻 |
涼しさにまた咲くダチュラ吾が頬にふれて昨夜の雨露こぼす |
旅行社の送りつけくる冊子類もう行くつもりも体力もなし |
井辺 恵美子 岡山 |
乗客は吾一人智頭線の一両電車トンネルに入り八分に出づ |
人の居ぬ家に住みつく狸の親裏庭に出て穴堀りており |
馬橋 道子 明石 |
方尺の椅子が頼みのわが夫はリモコンを手に画像あやつる |
虫の音の静まりきたる未明四時黄なる望月するすると落つ |
蛭子 充代 高知 |
この宵を買占めしたる秋鰹七トンの出荷に声あげ気負う |
遠洋の鮪の漁は豊けしと盆すぎの大安今日出港す |
大森 捷子 神戸 |
カナカナは渓流の音ミンミンは声明の声に夏を逝かしむ |
すり傷に思わず唾をつけたれば笑まえる母の面影の顕つ |
奥野 昭広 神戸 |
県予選済みて高校のグランドに人影を見ず鴉行き交う |
この歳で抱く乳児の危うさは吾が子の折は思いみざりき |
奥村 広子 池田 |
山畠に日が落ちるまで草刈りて帰路に大きな仲秋の月 |
夏の日をさえぎりたりし葉のかげに早くむかごの多く実れる |
安井 忠子 四條畷 |
屋上につくれる園の緑茂る土に虫らの棲みつきたるや |
両親の如くにならじと思いたる様ざまな癖皆我れにあり |
三宅 フミコ 岡山 |
住みつきて慰めくるると聞きいたる鈴虫の声ききて眠らん |
真夜中の三時過ぎれば虫の声冴えて配達の新聞を待つ |
松田 徳子 生駒 |
吹く風になびく稲穂のすれあいて音の微かにさらさらとせり |
コンバインを動かすあとに従いて妻は残れる稲穂を刈りぬ |
大杉 愛子 美作 |
洗濯物たたみ序でにほころびを繕いておく娘の知らぬ間に |
秋彼岸家に帰りて長き留守を詫びつつ夫に赤飯供う |
岡 昭子 神戸 |
朝夕に水やりをする人ありて我が公園の花ゆたかなり |
会釈してすれちがいゆく有料のホームの中に四百余の生 |
奥嶋 和子 大阪 |
二十一桁の数字を押せば忽ちに北京の娘の部屋に繋がる |
丸き実をつけて群生する中にひとつ咲き残る黄蓮華升麻 |
金田 一夫 堺 |
叛骨のブルースの女王戦中も索制されつつドレスを替えず |
向日葵の向こうに揺れるかげろうにトンボ採る友の幻影が浮ぶ |
川口 郁子 堺 |
鳴き声は蝉からコオロギに移りつつ朝餉は変らぬ茄子の古漬 |
会場は私語いっぱいの敬老会出席の済めばあとは用なし |