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選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 大阪 |
海のあるほうへのびているうろこ雲遠近法を律儀にまもり |
少女ありまた声高に反問すショーユラーメンタンピンデスカア |
おのずから妻も老眼テーブルに棚にこのごろルーペを置きて |
麗の字のかんむりはどう書くのかと妻が二階にきたりて覗く |
ありなしの肘のすりきずこのたびはおぼえのありて七十四歳 |
思いこみてはあやまちて人寰を去るべき耄が近づいている |
人の生の残るひかりにときとして石童丸を羅睺羅をおもう |
井戸 四郎 大阪 |
夏の終わり昼の日差しのさわがしく差し入る机にキーボード打つ |
十月の夾竹桃のくれないの花なお紅く思い出だすも |
喜びて開き給える追悼号ただ懐かしと声にいだして |
ペダル踏み疲れて尻おろす木歩道川面に眩しき夕日残りて |
水面の暗くなるころ防潮堤下の街区の明るくともす |
防潮堤道路に夕べの上げ潮のかすかに夏の海の匂いす |
冷えきたり立ち上がるとき対岸のヘッドライトが水面に反射す |
土本 綾子 西宮 |
親方と植木の山を見めぐりて選びし木々よ五十年の茂り |
留守の間も庭をめぐりて木々の育ち見守りくれし親方もはるか |
落葉焚くにおいを今になつかしむ焚火ゆるされずなりて久しき |
身幅つめ袖丈切りて既製服をわが身に合わす一日の仕事に |
歳のこと忘れて元気に生きようと歳おなじき従兄弟の便り |
写真クラブに余生を楽しみいるというハガキには耀う向日葵の花 |
高槻集 |
松浦 篤男 香川 |
なお生きて札所に詣ず癩癒すと巡礼の願かけて七十年 |
不治の癩癒すと本尊のみまえにてお祓い受けき十歳なりき |
巡礼の願かけ給いし父ありて癩癒え八十まで生きたるか |
小倉 美沙子 堺 |
降り立てば薄暮の時刻駅前は秋深まりて街路樹の影 |
駆込みて気付くエレベーターはシンドラー運命一瞬神の手の中 |
石清水囲いに溜めて花を売る無人の店も心ひくもの |
安西 廣子 大阪 |
木草乏しき町のいずこに生まれたる蟷螂の子か天井に来ぬ |
わが母校ありてなじみし大阪の東雲町は地図より消えぬ |
上方史を説きます教授うつくしき敬語ともなう船場のことば |
1月号 作品より (五十音順に順次掲載) |
坂本 登希夫 高知 |
狭心症の危険と不整脈を告げられき九十三ゆえ致しかたなし |
悩みごとひとつかにかくに片づけり今宵は深くわが眠るべし |
白杉 みすき 大阪 |
照りながら降る丹波路の先々に黄に煙らいて栗の花咲く |
ナイターのどよめきの止む一時をトタンを叩くむかごの音す |
菅原 美代 高石 |
母よ母よ木犀の香のただよえば心おさなくわれは恋おしむ |
かの牛舎唐きび畠すでに無しと知りつつ浮かぶわが目裏に |
田坂 初代 新居浜 |
暫くを楽しみたりしコスモスの花がら集む畑の隅に |
枯らさじとまめに散水十五年紅葉はじむる沙羅の木は |
奥村 道子 弥富 |
帆立貝で吾が作りたる風鐸のたつるひびきが時折きこゆ |
人住まぬ家傾きて壁に這う蔦色づきて早き日の入り |
笠井 千枝 伊勢 |
バス降りて目の限りなるコスモスにややに和らぐ日差しを感ず |
尾灯消ゆるまで娘の車見送りて一人の夜のシャッター下ろす |
梶野 靖子 大阪 |
一時間待ちてマッサージ受けて帰る秋の一日のとっぷり暮れる |
採血に生年月日を聞きていう一人で来られてお元気ですね |
川田 篤子 大阪 |
金堂にさし入る春の光ありみ仏と共にわれの照らさる |
左手上げ右手を下ぐる菩薩像しなえる指の動くかと見ゆ |
小深田 和弘 美作 |
古代ローマーの水道橋が現れてシャッター押す間にわがバスは過ぐ |
夕光にサンマルコ寺院の輝ける塔を掠めて鳥二つ飛ぶ |
佐藤 健治 池田 |
いずくより種飛び来しか薄紅の鶏頭一つ庭隅に立つ |
近隣のマンションブームつづきたり地蔵菩薩も歯医者も移る |
佐藤 千惠子 神戸 |
あちこちに鏡を据える室の中背筋伸ばして努むるしばし |
「雨傘を車内販売しています」乗り合わせたるバスにかかげて |
増田 照美 神戸 |
夏野菜採りたる土を耕しぬ手作り肥料をたっぷり埋めて |
伸びますと呪文のごとく繰り返し庭師は枝を次々落す |
山口 總子 神戸 |
限りなく白く続ける湖は目も眩むほど果てなき塩湖 |
うつむきてらっきょうの花今朝開く濃き紫の長き雄蕊よ |