平成20年1月号より

 

            選     

 

桑岡     孝全          大阪
海のあるほうへのびているうろこ雲遠近法を律儀にまもり
少女ありまた声高に反問すショーユラーメンタンピンデスカア
おのずから妻も老眼テーブルに棚にこのごろルーペを置きて
麗の字のかんむりはどう書くのかと妻が二階にきたりて覗く
ありなしの肘のすりきずこのたびはおぼえのありて七十四歳
思いこみてはあやまちて人寰を去るべき耄が近づいている
人の生の残るひかりにときとして石童丸を羅睺羅をおもう
井戸     四郎          大阪
夏の終わり昼の日差しのさわがしく差し入る机にキーボード打つ
十月の夾竹桃のくれないの花なお紅く思い出だすも
喜びて開き給える追悼号ただ懐かしと声にいだして
ペダル踏み疲れて尻おろす木歩道川面に眩しき夕日残りて
水面の暗くなるころ防潮堤下の街区の明るくともす
防潮堤道路に夕べの上げ潮のかすかに夏の海の匂いす
冷えきたり立ち上がるとき対岸のヘッドライトが水面に反射す
土本     綾子          西宮
親方と植木の山を見めぐりて選びし木々よ五十年の茂り
留守の間も庭をめぐりて木々の育ち見守りくれし親方もはるか
落葉焚くにおいを今になつかしむ焚火ゆるされずなりて久しき
身幅つめ袖丈切りて既製服をわが身に合わす一日の仕事に
歳のこと忘れて元気に生きようと歳おなじき従兄弟の便り
写真クラブに余生を楽しみいるというハガキには耀う向日葵の花
               高槻集
松浦     篤男          香川
なお生きて札所に詣ず癩癒すと巡礼の願かけて七十年
不治の癩癒すと本尊のみまえにてお祓い受けき十歳なりき
巡礼の願かけ給いし父ありて癩癒え八十まで生きたるか
小倉  美沙子          堺
降り立てば薄暮の時刻駅前は秋深まりて街路樹の影
駆込みて気付くエレベーターはシンドラー運命一瞬神の手の中
石清水囲いに溜めて花を売る無人の店も心ひくもの
安西     廣子          大阪
木草乏しき町のいずこに生まれたる蟷螂の子か天井に来ぬ
わが母校ありてなじみし大阪の東雲町は地図より消えぬ
上方史を説きます教授うつくしき敬語ともなう船場のことば
                 1月号  作品より   (五十音順に順次掲載)
坂本   登希夫          高知
狭心症の危険と不整脈を告げられき九十三ゆえ致しかたなし
悩みごとひとつかにかくに片づけり今宵は深くわが眠るべし
白杉   みすき          大阪
照りながら降る丹波路の先々に黄に煙らいて栗の花咲く
ナイターのどよめきの止む一時をトタンを叩くむかごの音す
菅原     美代          高石
母よ母よ木犀の香のただよえば心おさなくわれは恋おしむ
かの牛舎唐きび畠すでに無しと知りつつ浮かぶわが目裏に
田坂     初代          新居浜
暫くを楽しみたりしコスモスの花がら集む畑の隅に
枯らさじとまめに散水十五年紅葉はじむる沙羅の木は
奥村     道子          弥富
帆立貝で吾が作りたる風鐸のたつるひびきが時折きこゆ
人住まぬ家傾きて壁に這う蔦色づきて早き日の入り
笠井     千枝          伊勢
バス降りて目の限りなるコスモスにややに和らぐ日差しを感ず
尾灯消ゆるまで娘の車見送りて一人の夜のシャッター下ろす
梶野     靖子          大阪
一時間待ちてマッサージ受けて帰る秋の一日のとっぷり暮れる
採血に生年月日を聞きていう一人で来られてお元気ですね
川田     篤子          大阪
金堂にさし入る春の光ありみ仏と共にわれの照らさる
左手上げ右手を下ぐる菩薩像しなえる指の動くかと見ゆ
小深田   和弘          美作
古代ローマーの水道橋が現れてシャッター押す間にわがバスは過ぐ
夕光にサンマルコ寺院の輝ける塔を掠めて鳥二つ飛ぶ
佐藤     健治          池田
いずくより種飛び来しか薄紅の鶏頭一つ庭隅に立つ
近隣のマンションブームつづきたり地蔵菩薩も歯医者も移る
佐藤  千惠子          神戸
あちこちに鏡を据える室の中背筋伸ばして努むるしばし
「雨傘を車内販売しています」乗り合わせたるバスにかかげて
増田     照美          神戸
夏野菜採りたる土を耕しぬ手作り肥料をたっぷり埋めて
伸びますと呪文のごとく繰り返し庭師は枝を次々落す
山口     總子          神戸
限りなく白く続ける湖は目も眩むほど果てなき塩湖
うつむきてらっきょうの花今朝開く濃き紫の長き雄蕊よ

                    ホームページに戻る