平成20年2月号より

 

            選     

 

桑岡     孝全          大阪
あいともに七十四歳のクラス会おみなの友はわかくよそいて
小学三年以来を男女別学の二十人老いて今日をつどいぬ
すでに亡き二十人来らぬ四十人さもあらばあれ一夜のまどい
あかときをしぐるるらしきわが友の住持の山の御寺に目覚む
小学校の裏山のあの防空監視哨はどうなったろう六十年か
戦時下に仏舎利を奉ずるビルマ僧を迎えて行列したりし記憶
閼伽水をまいらすいとまなき今日を一列七基の石をおろがむ
井戸     四郎          大阪
夕空を鳴き渡りゆく杜鵑この頃聞こえずより癈いゆくか
刈り退けてようやく残る一二本ほととぎすの花遅れ咲くらし
季おくれ小さき蕾の目に見ゆるまでに育ちぬわがほととぎすの
せまき土に植えたる山茶花咲きいだし紅くも溝に散れる花びら
高層ビル並ぶ歩道に黄葉がただ半日の木枯らしに散る
木枯らしに広く散らばる黄葉の多くはあらず道をいろどる
あたたかき公孫樹並木の黄葉のした伝芭蕉終焉石碑に対う
土本     綾子          西宮
月に二度医院に通うこの舗道今日は桜のもみじ踏みゆく
常のごと目覚め事無くひと日終うるこの平安のおろそかならず
同じ漢字をその都度辞書にひくことも老の証と諦めて引く
統計は七十代までを常とせり八十過ぐるは圏外なるらし
きれぎれの眠りをつなぎ一夜明けまたよみがえるひとつ歎きの
片付かぬもろもろを残したるままにまたこの月も終らんとする
               湧  水  原      (29)
奥嶋     和子          (黄龍・九寨溝)
黄土色の浅き流れの広がりて五彩池まであと二百米
石炭化せし段々の畦毎に溜れる水は澄む翡翠色
炭酸を含む水ゆえ魚住まず水底なべて結晶化する
四川省の山奥ここにチベット族千二百年前に移り来しとぞ
小泉     和子          (夏の頃より)
西つよき風吹く野良に巣ごもれる雲雀の声のよく透るなり
山裾にひろがる稲田に降る雨の挿したるばかりの苗をうつなり
残る世の日数知らぬをよしとして月影のさす出で湯に浸る
初孫の男の子なりしをよろこびて産湯を父のつかわしくれき
長谷川   令子          (夏の日)
シュルシュルと打ち上ぐる音に思うかな焼夷弾の降りし遠き日
静けさの戻りし暗き中空に花火の残像ほんの暫く
八十歳過ぎて始めて話さるる師の少女の日の原爆体験
戦争の終りし夏を弟は河原に拾いし焼夷弾に逝きぬ
増田     照美          (ギリシア)
岩の上に一人住まいの修道院荷揚げの太きロープを垂らす
仰ぎ見る切岸高き洞窟に迫害逃れ修道士住みき
復元の成りしアテネの奉納庫壁の隅より雀出で入る
コリントの深き運河に群青の二つの海の水通うらし
山口     克昭          (東京)
東京湾水位あがりて原点板目盛修正を迫らるる日
六本木トンネルの柵に身を括る寝袋ぐるみが嚏に動く
肥を運ぶ畑地にありし岡ならんいま賑わえるニッポンバベルの塔
大奥の金の調度を見ての後津軽刺子にやすらいにけり
                 2月号  作品より         (五十音順に順次掲載)
高島     康貴          阿波
都心より最も外れに位地すると矢切の渡しも帝釈天も
雲晴れて暖まり来る昼下がりの公園の椅子に頻りに眠し
高間     宏治          小金井
新入生の孫らのコーラス待ちつつ想うわが中一は日米開戦の年
深夜まで熟通い励みし汝を知る良き未来あれ良き友を得よ
竹中     青吉          白浜
昨年にくらべかくも弱りたり草の実はじける天つ日の下
よもぎ餅に他愛なきかな歯が折れぬ寄る年波の哀れはふかし
中谷   喜久子        高槻
田の土手に姉が堀りにしリンドウの吾が庭にたもつ二十年余を
解きゆく形見のお召わが母の手あとたしかなる仕立てなつかし
西川     和子          広島
枝伐られ電信柱の如き日より幾年ならん黄葉ずる銀杏
歩数計着けてひとり行く鮮やかな楓紅葉の散りぼう中を
野崎     啓一          堺
坂多きこの町並は困りもの電動車椅子で行けぬ路地道
ここにして心決まれば安らぐもの方形の部屋を終の住処に
忽那     哲            松山
三つ四つ黄色のカンナ駅に咲く窓より漏るる灯火のごと
鶏飯というを頬張りそろそろと抜歯の後の独りの昼餉
鈴木     和子          赤穂
香に疎く過ぎゆく日々の淋しくて日に幾度か木犀に寄る
賞味期限切れたる蕎麦粉を熱き湯に一人こねおり静かなる午後
竹川     玲子          大阪
梅花藻は清き流れに撓いつつ白き小花の群がり咲けり
醒ヶ井の郵便局の建物に今も右書きの表示残れり
辻        宏子         大阪
朝降れる雨に濡れたる舗装路の返す光にようやくの秋
暑かりし夏の終るかわが垣にすがりて残る蝉の抜殻
安井     忠子          四條畷
高層の中庭に見る空狭し囚われ人のごとくに仰ぐ
撓なる柿の実あかく鳥のほか食するものなき実家の大木
安田     恵美          堺
雑踏を声高く行く少女らの言葉の断片異国語めきぬ
いちめんのすすきの路を歩みゆく山の大気にこころ放ちて
山口     聡子          神戸
小さき手差しのべる子等ハローイン化粧してピエロに仮装す
闇黒と厳寒の高地の教会はマリアの最期の祈りのところ
湯川   瑞枝        奈良
室生寺の塔の丹の色年を経て深みて浄きを階にながむる
手術すと言いたる次男のあまりにもやせたる面輪心を去らず
阪下     澄子          堺
透み通る光に歩む老いし姑の後先になり蝶のまつわる
土のケーキ木の葉に並べ客を呼ぶ陽の差す庭に子等の街あり
沢田     睦子          大阪
夜明け待ち雑木林の中往けば昔掘られし銀坑洞に
最上川小雨の中を下りゆく船頭の声すみて高らか
杉野     久子          高知
摘果せる青き蜜柑の夥しきを熊手で夫と谷へ落しぬ
蜜柑山より帰る磯辺の路に見る茜の空は海に写れる
高見  百合子         美作
まゆみの枝渡りて懸かれる蜘蛛の巣の露に朝日が差してきらめく
掃き寄する落葉の中に枯色の鎌きり一つ見つけ退けやる
津萩  千鶴子         神戸
この家に移り来たりて四十年秋毎に庭のむかごを採りぬ
道に伸びし枇杷の大枝伐られたりひらきかかれる蕾のままに

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