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| 選 者 の 歌 |
| 桑岡 孝全 大阪 |
| あいともに七十四歳のクラス会おみなの友はわかくよそいて |
| 小学三年以来を男女別学の二十人老いて今日をつどいぬ |
| すでに亡き二十人来らぬ四十人さもあらばあれ一夜のまどい |
| あかときをしぐるるらしきわが友の住持の山の御寺に目覚む |
| 小学校の裏山のあの防空監視哨はどうなったろう六十年か |
| 戦時下に仏舎利を奉ずるビルマ僧を迎えて行列したりし記憶 |
| 閼伽水をまいらすいとまなき今日を一列七基の石をおろがむ |
| 井戸 四郎 大阪 |
| 夕空を鳴き渡りゆく杜鵑この頃聞こえずより癈いゆくか |
| 刈り退けてようやく残る一二本ほととぎすの花遅れ咲くらし |
| 季おくれ小さき蕾の目に見ゆるまでに育ちぬわがほととぎすの |
| せまき土に植えたる山茶花咲きいだし紅くも溝に散れる花びら |
| 高層ビル並ぶ歩道に黄葉がただ半日の木枯らしに散る |
| 木枯らしに広く散らばる黄葉の多くはあらず道をいろどる |
| あたたかき公孫樹並木の黄葉のした伝芭蕉終焉石碑に対う |
| 土本 綾子 西宮 |
| 月に二度医院に通うこの舗道今日は桜のもみじ踏みゆく |
| 常のごと目覚め事無くひと日終うるこの平安のおろそかならず |
| 同じ漢字をその都度辞書にひくことも老の証と諦めて引く |
| 統計は七十代までを常とせり八十過ぐるは圏外なるらし |
| きれぎれの眠りをつなぎ一夜明けまたよみがえるひとつ歎きの |
| 片付かぬもろもろを残したるままにまたこの月も終らんとする |
| 湧 水 原 (29) |
| 奥嶋 和子 (黄龍・九寨溝) |
| 黄土色の浅き流れの広がりて五彩池まであと二百米 |
| 石炭化せし段々の畦毎に溜れる水は澄む翡翠色 |
| 炭酸を含む水ゆえ魚住まず水底なべて結晶化する |
| 四川省の山奥ここにチベット族千二百年前に移り来しとぞ |
| 小泉 和子 (夏の頃より) |
| 西つよき風吹く野良に巣ごもれる雲雀の声のよく透るなり |
| 山裾にひろがる稲田に降る雨の挿したるばかりの苗をうつなり |
| 残る世の日数知らぬをよしとして月影のさす出で湯に浸る |
| 初孫の男の子なりしをよろこびて産湯を父のつかわしくれき |
| 長谷川 令子 (夏の日) |
| シュルシュルと打ち上ぐる音に思うかな焼夷弾の降りし遠き日 |
| 静けさの戻りし暗き中空に花火の残像ほんの暫く |
| 八十歳過ぎて始めて話さるる師の少女の日の原爆体験 |
| 戦争の終りし夏を弟は河原に拾いし焼夷弾に逝きぬ |
| 増田 照美 (ギリシア) |
| 岩の上に一人住まいの修道院荷揚げの太きロープを垂らす |
| 仰ぎ見る切岸高き洞窟に迫害逃れ修道士住みき |
| 復元の成りしアテネの奉納庫壁の隅より雀出で入る |
| コリントの深き運河に群青の二つの海の水通うらし |
| 山口 克昭 (東京) |
| 東京湾水位あがりて原点板目盛修正を迫らるる日 |
| 六本木トンネルの柵に身を括る寝袋ぐるみが嚏に動く |
| 肥を運ぶ畑地にありし岡ならんいま賑わえるニッポンバベルの塔 |
| 大奥の金の調度を見ての後津軽刺子にやすらいにけり |
| 2月号 作品より (五十音順に順次掲載) |
| 高島 康貴 阿波 |
| 都心より最も外れに位地すると矢切の渡しも帝釈天も |
| 雲晴れて暖まり来る昼下がりの公園の椅子に頻りに眠し |
| 高間 宏治 小金井 |
| 新入生の孫らのコーラス待ちつつ想うわが中一は日米開戦の年 |
| 深夜まで熟通い励みし汝を知る良き未来あれ良き友を得よ |
| 竹中 青吉 白浜 |
| 昨年にくらべかくも弱りたり草の実はじける天つ日の下 |
| よもぎ餅に他愛なきかな歯が折れぬ寄る年波の哀れはふかし |
| 中谷 喜久子 高槻 |
| 田の土手に姉が堀りにしリンドウの吾が庭にたもつ二十年余を |
| 解きゆく形見のお召わが母の手あとたしかなる仕立てなつかし |
| 西川 和子 広島 |
| 枝伐られ電信柱の如き日より幾年ならん黄葉ずる銀杏 |
| 歩数計着けてひとり行く鮮やかな楓紅葉の散りぼう中を |
| 野崎 啓一 堺 |
| 坂多きこの町並は困りもの電動車椅子で行けぬ路地道 |
| ここにして心決まれば安らぐもの方形の部屋を終の住処に |
| 忽那 哲 松山 |
| 三つ四つ黄色のカンナ駅に咲く窓より漏るる灯火のごと |
| 鶏飯というを頬張りそろそろと抜歯の後の独りの昼餉 |
| 鈴木 和子 赤穂 |
| 香に疎く過ぎゆく日々の淋しくて日に幾度か木犀に寄る |
| 賞味期限切れたる蕎麦粉を熱き湯に一人こねおり静かなる午後 |
| 竹川 玲子 大阪 |
| 梅花藻は清き流れに撓いつつ白き小花の群がり咲けり |
| 醒ヶ井の郵便局の建物に今も右書きの表示残れり |
| 辻 宏子 大阪 |
| 朝降れる雨に濡れたる舗装路の返す光にようやくの秋 |
| 暑かりし夏の終るかわが垣にすがりて残る蝉の抜殻 |
| 安井 忠子 四條畷 |
| 高層の中庭に見る空狭し囚われ人のごとくに仰ぐ |
| 撓なる柿の実あかく鳥のほか食するものなき実家の大木 |
| 安田 恵美 堺 |
| 雑踏を声高く行く少女らの言葉の断片異国語めきぬ |
| いちめんのすすきの路を歩みゆく山の大気にこころ放ちて |
| 山口 聡子 神戸 |
| 小さき手差しのべる子等ハローイン化粧してピエロに仮装す |
| 闇黒と厳寒の高地の教会はマリアの最期の祈りのところ |
| 湯川 瑞枝 奈良 |
| 室生寺の塔の丹の色年を経て深みて浄きを階にながむる |
| 手術すと言いたる次男のあまりにもやせたる面輪心を去らず |
| 阪下 澄子 堺 |
| 透み通る光に歩む老いし姑の後先になり蝶のまつわる |
| 土のケーキ木の葉に並べ客を呼ぶ陽の差す庭に子等の街あり |
| 沢田 睦子 大阪 |
| 夜明け待ち雑木林の中往けば昔掘られし銀坑洞に |
| 最上川小雨の中を下りゆく船頭の声すみて高らか |
| 杉野 久子 高知 |
| 摘果せる青き蜜柑の夥しきを熊手で夫と谷へ落しぬ |
| 蜜柑山より帰る磯辺の路に見る茜の空は海に写れる |
| 高見 百合子 美作 |
| まゆみの枝渡りて懸かれる蜘蛛の巣の露に朝日が差してきらめく |
| 掃き寄する落葉の中に枯色の鎌きり一つ見つけ退けやる |
| 津萩 千鶴子 神戸 |
| この家に移り来たりて四十年秋毎に庭のむかごを採りぬ |
| 道に伸びし枇杷の大枝伐られたりひらきかかれる蕾のままに |