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| 選 者 の 歌 |
| 桑岡 孝全 大阪 |
| 歳晩をおおう寒波を感じおりねむりのあさき老いびとにして |
| 空海の御山に育ちくらげなすうきただよえるわれやななそじ |
| 衰老曲線なだらかにのみは進むなく時に小さき飛瀑なすなる |
| 口跡のよからぬ人をうとむまでおのずと耳の老いづくらしき |
| わが温帯の雨の侵食五十万年に富士をも均すという一予見 |
| 老ゆる身に温暖化する冬はよし死後に地球のほろぶるもよし |
| 両親を介護のために退職を決意すと女教師の賀状の添え書き |
| 井戸 四郎 大阪 |
| 御堂筋並木の黄葉散りまがいかえらぬ人を待つ思いあり |
| 冬の日におのずから咲く山茶花の昼の光にくれないの散る |
| 山茶花の紅の花咲く窓のした昼の日あたりややさわがしく |
| 向かい家の夾竹桃の青葉濃く今朝の寒さに静まりにけり |
| 竜の髭はびこる緑に山茶花のあけの花びら落ちて散らばる |
| 辛うじてペダルを踏みて賑わしき神農祭に午後をまいりぬ |
| 出入り口にシンビジュウムの開きゆくひと月ばかり掃除おこたる |
| 土本 綾子 西宮 |
| いとこらの長(おさ)にて若く逝きし君の倍を永らえて法要に来つ |
| ひそかなる憧れもちて学生服の君を眺めき小学四年 |
| きびきびと引越しの荷を解きくるる姿まぶしく眺めいたりき |
| 母の実家(さと)近く移りきて男(お)の子のみ五人の従兄弟に戸惑いたりき |
| 武家屋敷広き敷地のかくれんぼ楽しかりしよわがいとこらと |
| 伊勢言葉に育ちし我は俄なる伊賀の訛りに親しめざりき |
| 孫多きなかに女児(おみなご)は吾のみにて祖母に愛されき空襲に果てし |
| 高 槻 集 |
| 松浦 篤男 高松 |
| 四十五年国立療園に生かされて今日かえりみる故郷の紅葉 |
| 乳の出をよくせん願を母のかけし神木の銀杏ぞ葉を拾いもつ |
| わが病に家亡びしを詫びて触るるみ祖の石の冬日に温し |
| 池田 富士子 尼崎 |
| 砂に埋むる亀の卵に朝あさを水遣りて少年登校をせし |
| 孵りたる亀の子六つ携えて長病む母を少年の訪う |
| 長距離のトラック運転する父につきて少年土日を過ごす |
| 森本 順子 西宮 |
| 灌木の間に石灰岩点在する天狗の森の頂にたつ |
| 苔むせる石灰岩になずみ行く石鎚山は霧こめ見えず |
| 笹茂るなか大いなる地の割れ目苔むし深く底まで見えず |
| 3月号 作品より (五十音順に順次掲載) |
| 長谷川 令子 西宮 |
| 夕風に散りくる紅葉浴びながら心放てりこの時の間を |
| 人影なき館のガラス戸一面にもみじ映して夕暮るる苑 |
| 春名 一馬 美作 |
| 敗戦の国に復員せし友ら大方亡き世に長く生きたり |
| 運転免許期限近しのはがき手にしばし思案す九十翁は |
| 藤田 政治 大阪 |
| 病みあとの身を徴されし半年がわが一生を大きく変えぬ |
| 常臥しのベッドに池を見下ろして歌詠みし友のふたり偲ばゆ |
| 堀 康子 網走 |
| 霊屋の移築仏殿大屋根の前のびゃくしん七百五十年 |
| 鯨波越え来朝禅師のお手植えの柏槙と聞き憧れて来つ |
| 村松 艶子 茨木 |
| 冬至すぎて雨戸開ければ入る陽光音立てて射す錯覚おぼゆ |
| 遺産相続終りて十月二十八日よりわが家の名義は子の名に変る |
| 鶴亀 佐知子 赤穂 |
| 帰省せぬ二人の夫々にわれの手の御節を詰めて送る大晦日 |
| 一人住む子の家近きを思いつつ寄るなく帰る葬りを終えて |
| 戸田 栄子 岸和田 |
| 甥や姪が幼き時に来しみさき公園今日その子らと携り来ぬ |
| 外出のままならぬ身に紅葉が自宅より見えてそれで幸せ |
| 中川 春郎 兵庫 |
| 母親は娘の治癒を信じおり癌の末期と言えず帰りぬ |
| 是非是非と頼まれて往診の山の道谷をのぞみて曲りくねれる |
| 中西 良雅 泉大津 |
| 六十年欠くるなかりし友の賀状十日をすぎて未だ手にせず |
| 食よこせのデモのありしも遥かなり食料自給率四割の飽食 |
| 並河 千津子 堺 |
| 竹薮のまばらとなりて吾が部屋の奥まで冬日通りきたりぬ |
| 老い我の乗りたる女性専用車少し場違いな気のして座る |
| 安西 廣子 大阪 |
| 歯科医院のスタッフだれも先生と同じアクセントの物言いやさし |
| 幾筋も裂け目もちつつ保ちたる八百年の御寺の柱 |
| 井上 満智子 大阪 |
| 古びたる旗台に彫らるる「興亜日本」父の筆跡知る人もなし |
| 年内に予定の仕事のメモいくつ消しつつ明日は大晦日なり |
| 岩谷 眞理子 高知 |
| 両手いっぱい椎の実拾い山下る積もる落葉に滑らぬ様に |
| 帰りたる船より貰う鱪(しいら)五尾尾鰭をコンクリートに打ちつけ跳ねる |
| 上松 菊子 西宮 |
| 故郷の報恩講に参じたり若きも交じり正信偈を誦す |
| 週一度母を見舞いにこの道を通いし八年今日にて終る |
| 中川 昌子 奈良 |
| 木枯らしに葉を散らしゆく柿の木の傍(かたえ)に水仙の一輪咲けり |
| 中原 澄子 泉佐野 |
| 難波から淀屋橋まで秋の日を老いづく二人腕組みて行く |
| 写生する夫を待つ間の中之島に盛りの薔薇の花壇を巡る |
| 林 春子 神戸 |
| 新しき夢はぐくめる住宅博のモデルルームはこぼたれてゆく |
| 暖かき部屋に入れたるモンステラの大き葉先に水滴ひかる |
| 平岡 敏江 高知 |
| ホームズ彗星は北東の空に肉眼に見ゆるまで大きく光りぬ |
| 双眼鏡にやっと見つけしホームズ彗星の一円玉程に感動をせり |