平成20年3月号より

 

            選     

 

桑岡     孝全          大阪
歳晩をおおう寒波を感じおりねむりのあさき老いびとにして
空海の御山に育ちくらげなすうきただよえるわれやななそじ
衰老曲線なだらかにのみは進むなく時に小さき飛瀑なすなる
口跡のよからぬ人をうとむまでおのずと耳の老いづくらしき
わが温帯の雨の侵食五十万年に富士をも均すという一予見
老ゆる身に温暖化する冬はよし死後に地球のほろぶるもよし
両親を介護のために退職を決意すと女教師の賀状の添え書き
井戸     四郎          大阪
御堂筋並木の黄葉散りまがいかえらぬ人を待つ思いあり
冬の日におのずから咲く山茶花の昼の光にくれないの散る
山茶花の紅の花咲く窓のした昼の日あたりややさわがしく
向かい家の夾竹桃の青葉濃く今朝の寒さに静まりにけり
竜の髭はびこる緑に山茶花のあけの花びら落ちて散らばる
辛うじてペダルを踏みて賑わしき神農祭に午後をまいりぬ
出入り口にシンビジュウムの開きゆくひと月ばかり掃除おこたる
土本     綾子          西宮
いとこらの長(おさ)にて若く逝きし君の倍を永らえて法要に来つ
ひそかなる憧れもちて学生服の君を眺めき小学四年
きびきびと引越しの荷を解きくるる姿まぶしく眺めいたりき
母の実家(さと)近く移りきて男(お)の子のみ五人の従兄弟に戸惑いたりき
武家屋敷広き敷地のかくれんぼ楽しかりしよわがいとこらと
伊勢言葉に育ちし我は俄なる伊賀の訛りに親しめざりき
孫多きなかに女児(おみなご)は吾のみにて祖母に愛されき空襲に果てし
           高  槻  集
松浦     篤男          高松
四十五年国立療園に生かされて今日かえりみる故郷の紅葉
乳の出をよくせん願を母のかけし神木の銀杏ぞ葉を拾いもつ
わが病に家亡びしを詫びて触るるみ祖の石の冬日に温し
池田    富士子        尼崎
砂に埋むる亀の卵に朝あさを水遣りて少年登校をせし
孵りたる亀の子六つ携えて長病む母を少年の訪う
長距離のトラック運転する父につきて少年土日を過ごす
森本     順子          西宮
灌木の間に石灰岩点在する天狗の森の頂にたつ
苔むせる石灰岩になずみ行く石鎚山は霧こめ見えず
笹茂るなか大いなる地の割れ目苔むし深く底まで見えず
              3月号  作品より         (五十音順に順次掲載)
長谷川  令子          西宮    
夕風に散りくる紅葉浴びながら心放てりこの時の間を
人影なき館のガラス戸一面にもみじ映して夕暮るる苑
春名      一馬          美作
敗戦の国に復員せし友ら大方亡き世に長く生きたり
運転免許期限近しのはがき手にしばし思案す九十翁は
藤田     政治          大阪
病みあとの身を徴されし半年がわが一生を大きく変えぬ
常臥しのベッドに池を見下ろして歌詠みし友のふたり偲ばゆ
堀         康子          網走
霊屋の移築仏殿大屋根の前のびゃくしん七百五十年
鯨波越え来朝禅師のお手植えの柏槙と聞き憧れて来つ
村松     艶子          茨木
冬至すぎて雨戸開ければ入る陽光音立てて射す錯覚おぼゆ
遺産相続終りて十月二十八日よりわが家の名義は子の名に変る
鶴亀   佐知子          赤穂
帰省せぬ二人の夫々にわれの手の御節を詰めて送る大晦日
一人住む子の家近きを思いつつ寄るなく帰る葬りを終えて
戸田     栄子          岸和田
甥や姪が幼き時に来しみさき公園今日その子らと携り来ぬ
外出のままならぬ身に紅葉が自宅より見えてそれで幸せ
中川     春郎          兵庫
母親は娘の治癒を信じおり癌の末期と言えず帰りぬ
是非是非と頼まれて往診の山の道谷をのぞみて曲りくねれる
中西     良雅          泉大津
六十年欠くるなかりし友の賀状十日をすぎて未だ手にせず
食よこせのデモのありしも遥かなり食料自給率四割の飽食
並河  千津子      堺
竹薮のまばらとなりて吾が部屋の奥まで冬日通りきたりぬ
老い我の乗りたる女性専用車少し場違いな気のして座る
安西     廣子           大阪
歯科医院のスタッフだれも先生と同じアクセントの物言いやさし
幾筋も裂け目もちつつ保ちたる八百年の御寺の柱
井上  満智子          大阪
古びたる旗台に彫らるる「興亜日本」父の筆跡知る人もなし
年内に予定の仕事のメモいくつ消しつつ明日は大晦日なり
岩谷  眞理子          高知
両手いっぱい椎の実拾い山下る積もる落葉に滑らぬ様に
帰りたる船より貰う鱪(しいら)五尾尾鰭をコンクリートに打ちつけ跳ねる
上松     菊子           西宮
故郷の報恩講に参じたり若きも交じり正信偈を誦す
週一度母を見舞いにこの道を通いし八年今日にて終る
中川     昌子           奈良
木枯らしに葉を散らしゆく柿の木の傍(かたえ)に水仙の一輪咲けり
中原     澄子          泉佐野
難波から淀屋橋まで秋の日を老いづく二人腕組みて行く
写生する夫を待つ間の中之島に盛りの薔薇の花壇を巡る
林        春子           神戸
新しき夢はぐくめる住宅博のモデルルームはこぼたれてゆく
暖かき部屋に入れたるモンステラの大き葉先に水滴ひかる
平岡     敏江          高知
ホームズ彗星は北東の空に肉眼に見ゆるまで大きく光りぬ
双眼鏡にやっと見つけしホームズ彗星の一円玉程に感動をせり

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