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| 選 者 の 歌 |
| 転勤しゆける職場に気苦労をかさぬる夢やななそじの夢 |
| ゆくりなくきたり坐りぬ手話をする人らの占むる宵の茶房に |
| 薬物を使用のhighを思わするあの生きようも人のありよう |
| 大阪市立中央図書館蔵子規全集を年月読むはわれのみらしき |
| しぐれふる夕くらがりにものかげを縫いつつ白き猫疾走す |
| 簇籡(しんし)張る庭に遊ぶをいましめられし遠き記憶よ母若くして |
| 年自死三万団地孤独死五百なる国を美しく詠むまいぞ諸君 |
| 井戸 四郎 大阪 |
| 一人のみ家居る夜半に目をあけてただ静かなる時と思いぬ |
| わが門のガラスに尾灯の赤く照り自動車音せず過ぎてゆきたり |
| 眠れぬまま体を起こし手に取りて追悼号をまた開き見ぬ |
| 日も人も返らぬ思い枕べにおく一冊は亡きを称うる |
| 外の音何も聞こえぬ夜の部屋にこもりて淋しき耳鳴りのする |
| わが脈を数えて起きている夜半の仏壇の灯を明るく点す |
| 仏壇の明かりを日ねもす点けいたる母は逝きにき二十年のまえ |
| 土本 綾子 西宮 |
| 卓を囲むうからの傍え箱膳にひとり食しいき慶応生れの祖母は |
| 食器洗う水を惜しみてお茶にすすぎ祖母は箱膳にしまいいたりき |
| 釣瓶井戸の乏しき水に食器洗い洗濯物は川に運びき |
| 木曽川より天秤にて母の運ぶ水に風呂たててうから六たり湯浴みき |
| 水郷の村に暮らして日々の水乏しきたずきを疑わざりき |
| 醜男なりし祖父に替りて番頭が祖母と見合いをせしとの逸話 |
| 白無垢にコッポリ履きて野の道を嫁ぎ来し祖母の姿思えり |
| 高 槻 集 |
| 松浦 篤男 高松 |
| 寂しさを抑えて遺品整理せり写真の妻に話しかけつつ |
| 不具の身を寄せ合い妻と過ごしこし三十八年短し長し |
| 癩隔離も幸に変えにき不具の身を補い合いてすごす妻いて |
| 笠井 千枝 三重 |
| 移り住む新しき庭に西王母の根づきて蕾二つ三つ持つ |
| 膝掛けのあるかなきかの移り香にわが懐かしむ晩年の父 |
| 繰り返しおかしいなあの独り言置き忘れたる財布を探す |
| 南部 敏子 堺 |
| くれないの花の莟のふくらみに今朝の梅林明るき気配 |
| 新品に替うる頃合か齢ゆえか付き合い長き自転車が重い |
| こぶ巻きの鰊だと母をわらいにし日を思いつつ重ね着をする |
| 4月号 作品より (五十音順に順次掲載) |
| 森口 文子 大阪 |
| 二組の息子の家族集まりて年の始めの誦経しくれる |
| 踏台にのぼるを制し時を経し蛍光灯など替えてくれたり |
| 森田 八千代 篠山 |
| 歳末に帰省の日取り告げきたる電話にまじり孫の声する |
| 十五歳より五人めぐりし屠蘇を受くここの席空くときがくる |
| 山内 郁子 池田 |
| さざんかの花にすがれる冬の蝶命終の地となして逝くらし |
| 百七つ撞きおおせたる僧わが子終のひとつをおもむろにうつ |
| 山口 克昭 奈良 |
| 月あかり薪を積み込む午前四時凍つる山霧頬にかかりぬ |
| 地下水の流るるごとく窯の音鎮まりくれば眼冴えあり |
| 横山 季由 奈良 |
| 代理店に届けん鮭の入りし箱吾が執務室に高々と積む |
| 大凡に人の話を聞き流す術持たざれば吾が職務こなせず |
| 原田 清美 高知 |
| 目の検診にやはり高知は遠いねと助手席の吾に孫は言うなり |
| 落札せる杉の丸太を運びきぬあけやらぬ朝に地響きたてて |
| 春名 久子 枚方 |
| このとしのおくれて届く姉の賀状覚えなき字は誰の手になる |
| 弾片の残れる故かわが夫の右足の浮腫いたくすすみぬ |
| 松内 喜代子 藤井寺 |
| 一人住む手筈残らずなせる子に明日運ぶべき布団を干しぬ |
| 歳晩の夜更け聞こゆる夜回りに夫の混じりて拍子木を打つ |
| 松野 万佐子 大阪 |
| 亡き夫の友よりの賀状途絶えたり妻君の手の二年ありて |
| 三十一音打ちゆく吾のパソコンは古文厭いてエラー表示す |
| 松本 安子 美作 |
| 年明けの日差し温かき畑に出でて玉葱豌豆に肥料施す |
| ベランダの吾に怖じざる青鷺が鴨に投げやるパンを攫えり |
| 藤田 操 堺 |
| 青き影池面に映り見上げれば枝にカワセミ来て止まりおり |
| 次々に絵本を持ち来て膝に座り読めと指図す一歳半の孫 |
| 増田 照美 神戸 |
| 声出でず板書のみにてなす授業子らも黙してノートをとりき |
| 写真帳(アルバム)に若く逝きにし父がいる私のしらないわたくしを抱き |
| 松田 徳子 生駒 |
| 晴れた日に力仕事を庭にする着ぶくれの吾母に似てきぬ |
| せせらぎに釣する人の後ろには枯野広がり風吹きぬけぬ |
| 三宅 フミコ 岡山 |
| 久々に雨降り出でぬ繕いも寛ぐ炬燵も楽しく非ず |
| 一本の大根五キロ持ち帰る力あるなり来年も大根を作りたし |
| 安井 忠子 四條畷 |
| 空の澄む寒き夜更けに待ちいたるシリウスの円弧頭上に並ぶ |
| 今朝の冷え雀の動き鈍るらし常よりおそき囀りの声 |
| 戎井 秀 高知 |
| 今朝刻む七草の中の母子草小さき花芽を抱きていたり |
| 空港に日照り雨降り飛行機の翼の下に小さき虹たつ |
| 大杉 愛子 大阪 |
| 干し物の激しく揺るるこのあした故郷美作は吹雪きておらん |
| 幸せとも不幸せともその都度に思い変りて一日のすぐる |
| 岡 昭子 神戸 |
| 少しずつ減らしながらもひと言を書き添えてゆく年賀のたより |
| 話す人黙々と食む人さまざまの色をうつしてホームのひと日 |
| 奥嶋 和子 大阪 |
| 温暖化映像ばかり見せられて今宵は「夢の本」を開かん |
| 三段に色よく出来たお煮染を北京の娘にメールで送る |
| 金田 一夫 堺 |
| 万両は鳥の運べる実生なり白多き中に一本の紅 |
| 酔醒ます水を飲みいる夜の更けを浅蜊は幽けく水を吐きおり |