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選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 大阪 |
ポスターの募の字をうかうかと墓と読みぬ白内障手術前々日ぞ |
生存率零パーセントなる地のヒトと生まれて老いて眼を手術する |
眼球を女医に委ねて時は経るただはなやかなきらめきのした |
わが目の手術無事終了を告げ給う若き青衣の女医いつくしき |
散らう血のひくまで赤き光差す術後のわれのひだり目の視野 |
きさらぎの寒きに寝(い)ぬと術後の眼に夜々金属の覆いほどこす |
装填して五日経る人工水晶体の所在を感ずあしたの冷えに |
井戸 四郎 大阪 |
独りなる夜の寝る前に電話せり昨夜も一昨夜もその前の夜も |
一人居る家になかなか寝つかれず入眠剤を今宵また服む |
如月の上弦の月雲に入り暗き空気のしんしんと冷ゆ |
亡き人の歌集を座右に置く一首たびたび読みてひそかに喜ぶ |
宍道湖のしじみ伊勢の鮎河内の米忝なくして一人の日の過ぐ |
取り分けて朝は寒しと伝え言う日に出でて来たり予防注射す |
顔貌(かおかたち)の記憶うするる戦死の兄弔慰国債うけとりにゆく |
土本 綾子 西宮 |
エノラゲイの機長も死して戦争の影はいよいよ遠くなりたり |
知らされず信じ従いし民にして永らうるさえ罪のごとしも |
ひたすらに歩みあゆみて至り得ぬ夢は何なりし覚めて茫々 |
ポストまで百歩の足の重き日のありて俄に老ふかむ思い |
まだ生きていますとばかり尺の梅まばらに白き花五つ六つ |
府知事選さもあらばあれ朝青龍敗れて愉快な一日となる |
孫ほどの年の府知事が誕生しあらためてわが齢を思う |
高 槻 集 |
松浦 篤男 香川 |
膵臓癌にて先に亡しわが足の癌をしきりに案じくれたりし妻 |
紅冴ゆる庭の山茶花見てたてり妻亡き家に入る足重く |
三十八年睦みし妻の印鑑をもはや用なき亡き後も持つ |
南部 敏子 堺 |
庭いじり好みにし子の一年忌に山茱萸つばき桃咲きそろう |
幾十たび行き馴れし山の崖下に逝きにし子なり思いみだるる |
亡き後に残る日記の七冊をまた取り出でてこもごもに読む |
平野 圭子 八尾 |
何もかも息子の手配に夫を葬る現にわれは役立たぬまま |
俄なる心不全なり今も世に在るごとくわが戸惑いの日々 |
灯明の消ゆるなきよう守りつつわが独り居のいつまでを経ん |
5月号 作品より (五十音順に順次掲載) |
浅井 小百合 神戸 |
読み返す事もあらぬに書き綴る十年日記七年目なる |
表情筋の乏しき若者群れているファーストフードに吾も入り行く |
安藤 治子 堺 |
視力落つる午後の心の遣り処なく気温下れる街に出で来ぬ |
自らを慰めん花買い持てりパラフィン紙透く色の楽しく |
伊藤 千恵子 茨木 |
長男の住む東京に移らんかと夫亡きあとを迷えり汝は |
夫のあとひとり暮らせる妹の老いてこの庭も負目となるらし |
池上 房子 河内長野 |
指先のひび割れに絆創膏貼り替えて夕光淡きキッチンに立つ |
大根の皮剥きくれと横から言う皮すら食えぬ日を知らぬ子が |
礒貝 美子 桑名 |
亡き夫と共に来たりしコーヒー店あの日の席に座りてみたり |
昭和三年は母逝きし年一年生吾は待つ人なき家に帰りき |
上野 道子 堺 |
周五郎の小説読みしテープ聞く十年前のわが声に張りあり |
テープよりパソコン録音に変わりゆく朗読者われ学ぶこと多し |
小沢 あや子 大阪 |
まんさくの黄の花開く植え込みに猫柳の穂風になびくも |
雪深き山間に住む村人はわらをなめして猫の籠編む |
大濱 日出子 池田 |
宝塚の祖母の家より電車にて通いし小学校一年の日々 |
今にして懐かしむかな鰻谷の家また心斎橋の界隈 |
岡田 公代 下関 |
待ちしひと日のはや暮れゆきし君が窓迫れるビルのあかりを仰ぐ |
玉川上水の水面は暮れて見えぬ道刻惜しみつつ君と沿いゆく |
川口 郁子 堺 |
デジカメを腕に巻きつけ瞬は走る被写体いっぱいの動物園を |
電車内の子供は立てと教うれば空席あれど座らぬ七歳 |
小深田 和弘 美作 |
兄とわれ思い思いの歌うたいひたすら広田に麦踏みたりき |
夜の更けをパソコン画面に音もなく鼠色の蜘蛛が糸引きて落つ |
佐藤 健治 池田 |
紫木蓮蕾にかすかな和毛持ち寒の我が庭にたくましく立つ |
税務署に確定申告の時期迫り衰えし脳の作動し難き |
佐藤 千惠子 神戸 |
しだれ桜花すぎがたの下かげを時ながく兄の車椅子押す |
大きなる鍋に二キロのいかなごの数多の黒目がわれを見ている |
安田 恵美 堺 |
冬日さす透明ガラスにかげろうのたつらし床にゆらぐ影して |
目覚ましをようやく止めて朝寒き二階に娘の起きる気配す |
山口 聰子 神戸 |
慰めの言葉ありとも晴れやらず父亡き後の心の隙間 |
襲い来る想いを埋めがたい母とわれ給える供物を分けて配りぬ |
湯川 瑞枝 奈良 |
よべ降りて残れる上にしんしんと昼を音なく久々の雪 |
朝よりの日ざしうれしく床の間に三月雛の軸をかかげぬ |
吉岡 浩子 堺 |
あるもので夕餉の菜をととのえる寒き一日夫とこもりて |
炒豆の庭に残れりきさらぎの半ばを過ぎて鳥の来ぬまま |