| 桑岡
孝全 大阪 |
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| 瞳孔裡にガラスを埋めておもえらく局所限定延命の処置 |
| つぶさには知らず名をのみ聞き及ぶ「原爆白内障」の悲しき |
| ミドリ先生の執刀に眼を癒されて夜空の下の野球を見ている |
| 痩身の若き内野手バルディリスはベネズェラの人独り淋しげ |
| リード七点緊張感なきゲームを吹く新装球場五月のはまかぜ |
| 民無数崩壊家屋の下にある夜をこだましてロッコーオロシ |
| 統制下万の観衆メガフォンを振りて歌うになにのまぼろし |
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| 井戸
四郎 大阪 |
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| みまかりて二十五年の日の過ぎてわが耳底にお声のひびく |
| 知る知らぬ慕い集える四十人ふる里の菩提寺の僧の読経に |
| 菩提寺の僧の唱うる念仏の声届きゆけ二十五年前に |
| 生ける日を偲びて集う四十人年々の例しの花梨忌と言いて |
| 人々の誠に恃む十年についに赤穂にみまかりましき |
| 早朝に我が家を発ちて先生の朝食の時刻に丁度見えき |
| われ老いて胸底深くこの度の花梨忌を最後かとも思う |
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| 土本
綾子 西宮 |
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| 天国も浄土も那辺にあるものぞ信なき吾のしるべくもなし |
| 終末をゆだねん娘はキリスト者のちの世に父母に逢うは叶わじ |
| み仏か神かゆだねん偶像に惑えるままに齢を重ぬ |
| まだ生きているかと人の問いしとぞそんな齢になりたる吾か |
| 疫痢にて危ぶまれたるわが命三代(みよ)を永らえ八十余年 |
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| 高
槻 集 |
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| 松浦
篤男
高松 |
| 妻逝きて一人の部屋のただ寂しテレビの音量自ずと上げて |
| 吾と添いて悔いなかりしか遺る妻の写真の表情なべて明るし |
| 自活叶わぬ不具の身ゆえのけじめとも妻の入籍遂にせざりき |
| 丸山
梅吉
大阪 |
| 百歳を迎えて今に安けれどわが一生に一度の地震 |
| 寝室の書籍移さば安からん思うのみなる老いのおこたり |
| 時々の腰の痛みに耐えている歩ける足がわがたのみにて |
| 戸田
栄子
岸和田 |
| 麦藁でほたるのかごを作りつつ妹の生まれくるを待ちし日 |
| 妹が身罷りゆきて後に届く丸山ワクチンみ霊に供う |
| 階段に吾を背負いくれし亡き甥の笑まえる顔を日々に思うよ |
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| 8月号
作品より
(五十音順に順次掲載) |
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| 中谷
喜久子
高槻 |
| それぞれの庭木大きく生いたちぬ新興住宅街と言いし日遠く |
| 連載の「羽化堂から」を楽しみて読みいしものを前登志夫亡し |
| 西川
和子
広島 |
| 近寄れば月桂樹の花
雨あとの露を含みて零れんばかり |
| 枯れ進む花水木の枝を剪り落とし朝日差す庭の影疎らなり |
| 野崎
啓一
堺 |
| 胡蝶蘭は花散り終えぬ贈り主を懐かしみつつ水注ぎ遣る |
| 姥捨の山への切符と誰か言えりひらひらな一片の医療証届く |
| 長谷川
令子
西宮 |
| 海峡に向けて長州砲並べらる春闌けし公園の賑わいの中 |
| 木下影に寄り添いて立つ平家塚自然の石の彫りも薄れて |
| 春名
一馬
美作 |
| 煙草戒むる講義に弟子らが忽ちに煙管折りたる逸話の身にしむ |
| 少子化は余所のことかなわが隣その隣る家も鯉のぼり掲ぐ |
| 藤田
政治
大阪 |
| 妻とわれかたみに家を空くる日々おのもおのもに医師を尋ねて |
| 土俵入りの関取をことごとく言い当つる妻の記憶力はその父に似て |
| 鈴木
和子
赤穂 |
| 高齢化すすめるゆえに町内の老人会は解散となる |
| 軒下に腰掛けいつも下校時の児らを見ていし人逝きましぬ |
| 竹川
玲子
大阪 |
| 街路樹のユリノキの若葉茂りゆき艶けき緑の日にかがやきぬ |
| 塗装するビルを覆える幕のかげアマリリスか細く花穂の伸びぬ |
| 辻
宏子
大阪 |
| 五月病を案ずる吾にやる気満々僕は大丈夫孫よりのメール |
| その名前わからぬままに紅き花を供えて夫の誕生日なる |
| 鶴亀
佐知子 赤穂 |
| 転倒し骨折せる夫の包帯巻き日毎にわれの上達するらし |
| 草を引くわが頬に当るかたばみの種子の熟して弾け飛ぶなる |
| 中川
春郎
兵庫 |
| 老人の増えたるためか喫煙か喘息患者を多く扱う |
| 保険証携うるなき人多く高齢者医療事務滞る |
| 名手
知代
大阪 |
| 今日ひと日あまりいい日でなかったと梅雨の雨音聞きつつ思う |
| 誠実な人柄の友スピーチに息苦しきまで言葉を選ぶ |
| 並河
千津子
堺 |
| 二階より呼びかくる孫の口笛に藪の鶯鳴きかえす声 |
| 衰えは足腰のみにあらずして炒め物するフライパン重し |
| 安井
忠子
四條畷 |
| 恐きこと不思議なことに満ちみちし幼き日々の感性消ゆるか |
| 道一杯一年生の広がりてでんでん虫と雨に歌えり |
| 安田
恵美
堺 |
| 積み上ぐる靴に小さきが混じり見ゆアウシュビッツを記す紙面に |
| 夏柑の今日の落花の夥しかおりもろとも吹き散らされて |
| 山口
聰子
神戸 |
| 一本の支えに上る朝顔の蔓の先には夏空の見ゆ |
| 空をゆくタンポポのわたフワフワと頼りなき柄を支えとして |
| 湯川
瑞枝
奈良 |
| 夫ゆきて三十三年月々を参り給いいし先師のおわさず |
| 爽やかな緑の風の吹き通る部屋に一日を衣入れ替う |
| 吉岡
浩子
堺 |
| この年は子等の休暇に集いたる頃にしゃくやくの盛りとなりぬ |
| ていねいに夫の淹れたる新茶のむ急きてなすべき家事のなき朝 |
| 大杉
愛子
美作 |
| 真夜中にふと思い立ち草餅を娘に持ち行かんと米とぎ始む |
| 家うちに籠りいる間に山間の田は青々と早苗のそよぐ |
| 岡
昭子
神戸 |
| 屋上のミニ菜園に育ちたる二十日大根を我の写生す |
| 有難うスプーンにのせた砂の菓子幼にもらう昼下りの園 |
| 奥嶋
和子
大阪 |
| 自衛隊海外派遣は違憲という良識の判事がこの国に居た |
| 終点まで行ってみようとデートした若き日のあり播州赤穂 |
| 金田
一夫
堺 |
| 遠き日に擂粉木に使いし山椒の芽生えて香るは三代目なり |
| アルプスの崖洗われて玉石の様々の色渚に透けり |
| 川口
郁子
堺 |
| わが家見ゆる路地に入れば薄明かりに白く浮かぶは木蓮の花 |
| 木蓮の花殻拾う我が春も今年限りの樹を仰ぎ見る |