桑岡
孝全 大阪 |
|
林なす大きケヤキの見えわたるここの茶房にはじめてを来つ |
街なかのコンクリートにかこまるる方形の田の青くなる雨季 |
五十年まえ一人間借りの運送店の二階残るをきたりあおぎぬ |
石油焜炉求めて車庫上の六畳に自炊したりし二十三歳 |
|
井戸
四郎 大阪 |
|
年齢相応と言わるるままを肯いて処方薬をばわが受け取らず |
昏くなり雨降り出でてむしあつく椅子にあぐら居夕餉をすます |
夜遅く灯をともし見る洋らんのかすかに白き香りたのしむ |
梅雨になり洋らんのフォーミデブル鉢を窓辺に置きうつしたり |
梅雨の雨に打たるるフォーミデブル花は大凡散りてしまいぬ |
外灯のともりて長き夕べどき老耄の嘆き言に出すまじ |
週毎に植木の競り市を見に来たり日本貧民のひとりを得心す |
|
土本
綾子 西宮 |
|
自動ドアとなりし電車に無人駅いくつか過ぎてふるさとに入る |
三層の姿優美なる上野城あたかも四百年祭を催すところ |
袋小路ところどころに忍者の町いま観光の呼び物となる |
赤黒の忍者の衣装に刀負う子らが甃の坂を駈けくる |
城の下に小学中学女学校並び建ちいし道の変らず |
中学に統合されしわが母校その学び舎は跡形もなし |
姫子松かこむ木造の校舎なりき七十年前の姿ありあり |
|
高
槻 集 |
|
中谷
喜久子
高槻 |
疼痛ある夫と未明をはこばれて消化器担当医の出勤をまつ |
鎮痛剤の効きたるらし八十の翁の顔をして夫ねむる |
一人居の夕べを閉ざす窓の下ほのかに白く月見草さく |
松浦
篤男
高松 |
大き駅ののりかえに右往左往する療園に常籠る身かなし |
妻のみ骨抱きて納める順を待つみ寺の床に義肢踏みしめて |
疼痛に呻ける声が聞こえ覚む妻逝きてより半年過ぐるに |
松内
喜代子
藤井寺 |
雪解けの早き流れを跳びあぐぬあざみの花に近寄り難し |
田に入るる水に苦しみし父母を思う水量豊かなる地に |
広っぱを駆け回る孫見るのみの今日のお守りは頭からっぽ |
|
9月号
作品より
(五十音順に順次掲載) |
|
堀
康子
網走 |
妹の庭のあじさいの枝を切り父の持たせし根付き幾年 |
芽吹き遅く枯るると見えし紫陽花の今年の若葉ひかる六月 |
村松
艶子
茨木 |
やや丸く小さき若葉出揃いぬ満天星(どうだん)の花今年こそ見ん |
冷凍食品安き日と知り出かけんと開けたる外は音なき雨降る |
森口
文子
大阪 |
うたかたの幸せかとも小学生二人と夏の星を見にゆく |
足元に気をつけよなどいたわられわが少年と地下駅下る |
森田
八千代
篠山 |
まどろめるわれに毛布をかけくれし一人居の姉小さくなれり |
実習田となりしわが田も植えられて校舎の二階がさかさに映る |
山内
郁子
池田 |
きのうよりやや膨らむかひといきに開くことなき沙羅の莟は |
境内の樟の若葉のととのいて子の作務衣今日夏物に替う |
山口
克昭
奈良 |
凍むる夜の行の切れ間に私語をする籠りの僧を垣間見にけり |
とどろきて暗渠を出づる山水は反す棚田を満たして巡る |
横山
季由
奈良 |
辻堂に納めし石の地蔵立つ「峠」とう村の桜散る下 |
「峠」村に摘みし野バラの萎るるを手に持ち帰る風通う坂 |
南部
敏子
堺 |
春過ぎて茂りの深き葦の間に声呼びかわす牛蛙あり |
吾が後に残しても仕様なき着物解けば大小の布切れの嵩 |
原田
清美
高知 |
曾孫の生まれくる日は間近なり男子でもよし女子にてもよし |
珍しき貝拾いぬとズボンの裾を少しぬらして夫帰りくる |
春名
久子
枚方 |
一人していかに住まうや衰うる姉の視力をあやぶみ思う |
食卓にわれら向きあい宅配の弁当を食ぶ黙せるままに |
松野
万佐子
大阪 |
アブラムシの生める卵に寄生せる蟻を来て食むウスバカゲロウ |
一枚の桃の若葉にアブラムシ蟻カゲロウの食物連鎖 |
松本
安子
美作 |
ガレージの巣に孵りたる燕の子六羽押し合い餌を待ちており |
梶並川に沿いて熟れたるビール麦の穂を波だてて風渡りゆく |
小深田
和弘
美作 |
伸び早きかぼちゃの蔓は畝を越え西瓜に混じりて花咲かせおり |
黄の粉を足にまぶせる蜂一つかぼちゃの花に潜り込みたり |
佐藤
健治
池田 |
同期会最後の集いも終りたり共に校歌の合唱をして |
かたかごの花の朽ちたり二枚葉の中に花枝を持ちたるままに |
佐藤
千恵子
神戸 |
窓ガラス透して壁の鏡のなか風にはためくフラッグが見ゆ |
終戦記念日知らせる病棟のアナウンゆくりなくきて吾黙祷す |
阪下
澄子
堺 |
車椅子押し行く人も乗る人も花の香に酔い薔薇の園ゆく |
青梅を前後に積める自転車を右に左に揺れてこぎ出す |
沢田
睦子
大阪 |
羽二重をわがとりいでて妹のお骨をつつまん布を縫いおり |
納骨式済みて精進あげに来し有馬は五年前汝と遊びしところ |
中川
昌子
奈良 |
雨止まぬひと日暮れゆく窓の外ヤマボウシの花の一所明るく |
日の射さぬ庭の李の太き幹を蝸牛ゆるゆる登り行く見ゆ |
中原
澄子
泉佐野 |
めだか飼う瓶の梅花藻の葉の張りて白き小花の一面に咲く |
梅雨に入り糠床の味整えて水茄子漬ける準備を終えぬ |
永野
正子
吹田 |
沙羅双樹枯れたるままに立つ庭の梅雨の最中の法話始まる |
水郷に水漬きて生える川柳芽吹き遅きを嘆きて漕ぎぬ |
林
春子
神戸 |
孫ひとり残るもあわれと祖父祖母は学童疎開にわれを送らず |
夕餉どき娘のかけくるケイタイにヒールの音のするどく聞こゆ |
春名
重信
高槻 |
朦朧の吾が耳もとに主治医らしオペの終りの大き声聞く |
終ったよと確かに千恵の声聞こゆ手術台での我が耳もとに |
|