| 桑岡
孝全 大阪 |
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| 合板とラワンのヨットに太平洋をひとり渡りし青年も七十 |
| 松陰の軽んじたりし伊藤利助と聞き及びしをここに思える |
| 話柄とせる一首作者は吉井勇と神野氏ケータイに報じ来給う |
| 雨の日をバスの窓より見てすぐる紫陽花のうそのような大輪 |
| 緘黙という語を知りき心を病む生徒が目にたち来りし時期に |
| エスカレーターにて先に立つ白栲のブラウスの背の一点の汗 |
| わが妻ら元気なる老女が六人ゆく紀泉わいわい村キャンプ場 |
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| 井戸
四郎 大阪 |
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| 本棚の熊野本宮牛王宝印裏は白地のままに年経る |
| 何用のなく我が家の階段を日に幾たびか上り下りする |
| ペダル踏む足に力のなくなりて駅前歩道の段差に倒る |
| 物の音なくただ照りつける昼の日に駐車違反の取締り来る |
| 病には非ずと己に言い聞かし今朝はボトルの酸素吸引す |
| 繰り返し実感をする我が老いの憂い少なくなりゆく日々に |
| 胸わるく眠り叶わぬ夜もすがら再びみたび臥処起きだす |
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| 土本
綾子 西宮 |
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| ゆくりなく映像に見る七里の渡しわが幼き日の記憶を戻す |
| 蒸気船に乳母車と共に積み込まれ長良川を下りき桑名の町へ |
| 母と祖母の買物を乳母車に待つわれの楽しみは一つみたらし団子 |
| 湯たんぽの湯にて朝あさ洗顔をしたりき井戸端に父とならびて |
| 書初めは父に教わりし「八紘一宇」意味も分からず書きたりし日よ |
| 母のため縫わんと求めし布あまた果し得ぬまま今に残れり |
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| 湧
水 原 (31) |
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| 奥嶋
和子 (東北三山) |
| 時計草つぼみをもつにホースより水滴らせ旅に出でたつ |
| 雨雲を突き抜くる先の青空に上弦の月しろく浮かべり |
| 八十歳の媼が白き装束にて人を導く立石寺ボランティア |
| 湿原に注意促す標ありてガイドの腰に熊よけの鈴 |
| 姥百合の蕾を教わる緑の手の合掌するごと天を指しいて |
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| 小泉
和子 (それから) |
| 羊歯の葉にさやり流れる水の端に文字うすれたる皇女の歌碑あり |
| 海靄に見さだめ難き巌流島一騎打ちありし時代はるけし |
| 呼び寄せたる子と聞く医師の一所見齢ですから進行はおそし |
| 暗闇に鍵解く音して一人居の若き隣人帰りたるらし |
| ショベルカー掘り起こしたる土の上揚羽蝶一つ春風にのる |
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| 白杉
みすき
(病み籠もる日々) |
| 行く春の日のにおいせる濯ぎもの仰臥の胸の上にてたたむ |
| 馴れぬ家事こなしまどろむ夫みれば病み臥す吾の焦りを覚ゆ |
| 日曜を遠く来たりて濯ぎ干しまた来るからねと中学一年 |
| 背後より両腕に提げて我を運ぶ息子の力あらためて知る |
| 腰痛の和らぐ今日を試歩にいづ靴がこれほど重たかりしか |
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| 長谷川
令子 (花
・ 木 ) |
| この寺の梅園を歩みし日のありき風寒き中夫に寄り添い |
| 山桃の大樹となれるを仰ぎ見る陰に覚えなき校舎建ちいて |
| 木々覆う陰にあまたの末社あり朽つる茅葺に注連はられいて |
| 切りつめて柱とまがう街路樹の切口に緑の玉なす芽吹き |
| モネの絵のおもわるるかな赤く咲く雛罌粟の中をパラソルの来る |
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| 増田
照美
(長 府 ・ 萩) |
| 海峡を隔てる街にわが進路決めし時あり四十年の過ぐ |
| 砲口を海峡に向けて並ぶ五門上りて遊ぶ子供等のいて |
| ゆっくりと歩む小路のひとところ藩医の住まいの長屋門立つ |
| 仏壇の大きく見ゆる三畳に幽囚の身の松陰を偲ぶ |
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| 山口
克昭 (時差) |
| 縄文の誰が子忘れしポシェットの網代編より胡桃実ひとつ |
| 同輩を葬るに誦する経をしらず「青葉しげる」歌いて送りぬ |
| 能筆のジャガタラおふくのかすれ文字綸子の帯を請受りのこと |
| 山水(やまみず)をサイフォン式に谷わたし棚田百余町を拓きにき |
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| 吉年
知佐子 (室町会) |
| 冬の日々運動場はスケート場に変わりて楽しかりし忘れず |
| 新京と日本の名づけし長春の写真を見るは儚し哀し |
| 宣戦の十二月八日日本は勝つはずなしと父は言いにき |
| ライラックの並木うつくしく新京を作りし日本を許しくれぬか |
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| 10月号
作品より
(五十音順に順次掲載) |
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| 浅井
小百合 神戸 |
| 公園の砂の窪みに吹き溜まる蝉の抜け殻落葉より軽し |
| いつまでを試さるる身か智恵遅れの子の両の手を引き寄せて抱く |
| 安藤
治子
堺 |
| 吾が齢寿ぎて子の贈りくれし花いたわりて七月過ぎぬ |
| 家の内に憂い持てるは常のことあり馴れて八十の半ばを越えつ |
| 伊藤
千恵子 茨木 |
| ケイタイのメールに対う人多き夜の電車に本読むおとめご |
| 鎮痛剤飲みて出でこし炎暑のまちかく歩めるもいつまでかと思う |
| 池上
房子
河内長野 |
| レジ袋膝にしみじみ言う聞けば人に食わせて貰う不仕合せ |
| 心安く行きずりの人と語り合う大阪のオバチャン吾もその一人 |
| 上野
道子
堺 |
| 心病む姑は箸とめ聞きおりきその年はじめて鳴く蝉のこえを |
| 頑固者といわるる吾かネックレスの鎖の縺れを刻かけ解く |
| 小沢
あや子 大阪 |
| 森の中の石に根付きて育ちたる大杉今は五百年と言う |
| 黄昏るる瀬音にまじり石の上に鈴振る如く河鹿の鳴きぬ |
| 大濱
日出子 池田 |
| 病室に夫がきてくれる三時間を恃みてここに日々を過ごせる |
| 西村の姓なる古き過去帖をたずさえて病院に終る生か |
| 森本
順子
西宮 |
| 色づける雑木林に炭焼のかま跡残る落葉積って |
| 愛知川は幅せまくなり色づけるコナラクヌギの二次林をゆく |
| 山田
勇信
兵庫 |
| よく熟れしトマトなりしに夜を来て奪い行きたりあの洗い熊か |
| とりあえず死の影去りぬ枯れかけし盆上の松も生き返りたり |
| 吉田
美智子 堺 |
| 百年も生きればどこか壊れるよと言いつつわが母を子は介護する |
| 水撒きを手伝いくれしは去年のこといつしか夫の仕事となりぬ |
| 吉年
知佐子 河内長野 |
| 青鷺の一羽がゆけば水を撒く手をとめて仰ぐ見えずなるまで |
| 重きカバン掛けて道ゆく中学生如何なる人生が待っているのか |
| 樋口
孝栄
京都 |
| 子らの名を書きて作りし踏み台は用のおわりて小手毬をおく |
| 髪白くなりてレポートを課せられてひたすらに書く弥生文化を |
| 平岡
敏江
高知 |
| 外人の多き清水寺八坂神社人力車を引く青年は英語を話す |
| 明石大橋より見る海峡は朝焼の中に太陽昇り始めつ |
| 藤田
操
堺 |
| 娘なりに描きし人生設計が不意に潰えぬ癌見つかりて |
| 娘の前で堪えいし涙止めどなく頬を伝いぬ新幹線車中に |
| 増田
照美
神戸 |
| わが友と憩える宿に日の暮れて深き闇より海鳴り響く |
| 沖にいる合図のごとくサーファーら靴整然と磯に並べぬ |
| 松田
徳子
生駒 |
| 山迫る青田の畦に踏み入りて涼しき風に深呼吸せり |
| 朝は東午後は南の雨戸閉じ暑さのさめる夕べをまちぬ |
| 杉野
久子
高知 |
| 蜜柑山の草は長くて足をとられ夫は草刈機と共に転び落つ |
| 葦の蔭魚を狙える鷺一羽何に怯えしや羽音たて飛ぶ |
| 高見
百合子 美作 |
| 空家となりて五とせ荒みたる庭にひろごり射干の花咲く |
| 「僕の顔忘れないで」と幼孫携帯画面にその顔のぞかす |
| 津萩
千鶴子 神戸 |
| もう間もなく退院の頃と思いしに友の訃報を受けて驚く |
| 春のひな巣立ちし後の燕の巣に再びひなが育ちつつあり |
| 筒川
昭子
堺 |
| おさな児が祖母にまつわり甘ゆるを羨しみて見る孫なき我は |
| 子には子の生き方ありぬ母我は電子人形と遊ぶも善けん |
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