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保ちゆく力弱まる日々に今日はペダルを踏むに物憂し |
安定剤服みても今宵は睡られずただ蒸し暑く呼吸のつまりて |
夜をとおし眠れぬままに起きて吸う残り少なきボトルの酸素を |
酸素ボトル空になるまで胸深く息吸い込みて楽にもあらず |
少しでも呼吸が楽かと夜の更けに酸素ボトルを口にあてがう |
若き友を歌にみちびき自らもなおつとむと書く色紙をもらう |
夾竹桃ふたたびの花をなげきたる人のなつかし夏過ぎてゆく |
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土本
綾子
西宮 |
度まねく停まる駅毎にいくたりか人入れ替り山里に入る |
鞍馬川の渓流に沿いて設けうる川床に夏の一夜の奢り |
渓流の音にまぎれず夕闇に蜩の声透りて聞こゆ |
若鮎を丸ごと食らう君に隣りわれは皿のもの半ばを残す |
青葉の路歩まんという友らに別れ一駅を乗る足弱ふたり |
友を待ちてもとおる貴船の駅裏に今は花なき著莪の群落 |
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高 槻 集 |
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奥野
昭広
神戸 |
奥須磨を今日歩み来て鳴きたつる牛蛙三つ三ところに聞く |
照りつくる苑に透りて茂みより詩吟をさらう声のつづける |
エアコンの風のあたらぬカーテンの裏に老い猫夏を過ごしぬ |
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梶野
靖子
大阪 |
同室の若き主婦らのなす会話楽しきにわが齢を思う |
高層のマンションに灯る窓の明り暗きもありて人の営み |
病室の大きガラスに写りつつ秋めく雲ののびやかにゆく |
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松本
安子
美作 |
日照りつづく畑を這いて広がれり恣なるこのすべりひゆ |
田の水の漏るるを止めんときたる畦蛇の抜殻そのままにあり |
刷毛をもて授粉ほどこすトマトの花ふれゆく度に強く匂えり |
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11月号
作品より
(五十音順に順次掲載) |
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岡田
公代
下関 |
一目見んと来りし吾に「おはよう」とふたり子二歳声を揃える |
砂に掘りし貝を並べて数え方知りし二歳の汝が教える |
岡部
友泰
大阪 |
大正六年墨書きの反故の包みとけば母のかたみの黒き楽焼 |
かたみの品を包みし反故に見る物価今の万分の一を記せり |
遠田
寛
大阪 |
かつて吾が渡満の港下関記憶には殺風景なる断片 |
わが郷里の加納技師長設計に海底初の関門トンネル |
角野
千恵
神戸 |
遺言書託しつづくる十二年日付と署名の更新をして |
モネ描く池を写せるマウスパッド摺れて柳の色うすくなる |
川中
徳昭
宮崎 |
花終えて肥を施す春蘭は祖母よりのもの五十年経ぬ |
物産店に体にぴたりの背負籠見出でて求む栗拾わんと |
葛原
郁子
名張 |
別に住む気楽さあれど互みには家族と言うも余所余所しかり |
釣銭も機械から出る世となりて益々私の財布小銭に重たし |
小泉
和子
豊中 |
瞳孔を開く検査を終え来り昼白く光る町を歩めり |
雛取られ去り難くいる鵯のあり梅雨の晴れ間の夕光の中 |
尼子
勝義
赤穂 |
吾が思いと一部教師の思考とがかみ合わぬまま会は果てたり |
会閉じて暫く吾は立たざりき生徒らの気持ちを思い遣りて |
池田
富士子 尼崎 |
くろぐろと熟るる山桃ふるさとの友より届くわが誕生日 |
温暖化に滅ぶる地球を憂えいう七歳のいてエアコン使えず |
石村
節子
高槻 |
前向きに動く心か思い立ちてカーテンの環を今日は調う |
蜆蝶いたくふえたり風吹けば流れるごとく草にかくれて |
井辺 恵美子 岡山 |
時たがえ紅き紫陽花二つ三つ咲きたる庭に蛙子生まる |
疎開せし祖父母の家の井戸端にいとこが五人顔を洗いき |
上野 美代子 大阪 |
ペットボトルの茶をぶら下げて散歩する夫がいでゆく夕光の中 |
鳴きたつる蝉にまじらう笑い声太極拳に集うひととき |
馬橋
道子
明石 |
咲き終る君子蘭三つ重たげに振子のごとく風にゆれたり |
鉢の間に韮の一株根をはりて線香花火のような花もつ |
蛭子
充代
高知 |
鉦太鼓三味にぎやかに隣りする県より来たる阿波踊の連 |
休漁にて港に舫う漁船ありまつわる海草と数多の水母 |
安西
廣子
大阪 |
美しく玉虫厨子を飾りたる数多の虫の命を思う |
書きやすき万年筆は母吾に贈られしもの日記を記す |
井上 満智子 大阪 |
難聴となりて孤独に耐うる姉いもうとの我をも忘れゆくらし |
呆けゆくも残る記憶をさぐりつつ筆談かわす姉とのひととき |
岩谷 眞理子 高知 |
日の当たる所の水はあたたかし二十年ぶりに川に泳げり |
橋に来て見下ろす港の満潮時船の間に大き海月の浮かぶ |
上松
菊子
西宮 |
仮名書きの歌木簡の出土せる紫香楽宮跡を身近に思う |
子の残しゆきたる荷物をまとめ送り夏の行事の一つ終りぬ |
梅井
朝子
堺 |
駅までの道ゆっくりとわが足に合わせて歩みくるる少年 |
一駅を共に乗りたる七歳児落さぬよう切符持ちやると言う |
三宅 フミコ
岡山 |
ねこ車に乗せて漸く持ち帰る私の西瓜六瓩を越す |
争いしことのみ意識に残りいて悔い深かりき妹との別離 |
安井
忠子
四條畷 |
窪みの水雀飲むとて打ち水を娘は専ら石にふり撒く |
突然に彼岸渡りし母のこと今は羨しむ我ら二人は |
安田
恵美
堺 |
寡婦となりませる静かなまなざしへ久しぶりなる言葉をかける |
晩酌をたまにはするとかひとりなる夕餉に今なき夫君を真似て |
山口
聰子
神戸 |
空高く広場の上に鮮やかにワシリー寺院の丸き塔見ゆ |
建物の色とりどりに虹のごとく運河に写りネバ川渡る |
湯川
瑞枝
奈良 |
怠りてはびこる庭のあら草を手にふるるまま抜けば山なす |
風に乗り聞こゆる音頭地蔵盆老い人多く楽しむらしき |
吉岡
浩子
堺 |
暑き日を洗濯日和と励みたる子育てざかりのはるけくなりぬ |
水まわり順次みがいて帰省まつきれい好きなる子の家思いて |