平成20年12月号より

 

            選     

 

桑岡    孝全          大阪
花火大会とおく音する宵あさく集会所にてひつぎをまもる
老耄一軀いまだ浮生を去るにあらず眼鏡を失い鍵をうしない
腕の蚊を打たず放ちしシュヴァイツァーを齝み思う七十五歳
わたにがき秋刀魚をこのむ吾ながら一秋一尾にて足るよわい
十五歳前後によく見た草野球が一番おもしろい野球であった
そのたびにドッグフードを連想しあした時折シリアルを食う
七十年をわが知らざりしツルムラサキ物流進化して皿のうえ
井戸     四郎          大阪
御堂筋の公孫樹並木の自ずから銀杏稔りて目に立つこの頃
家出づるなき日々に思い立ち自転車に行く宝くじ売り場に
秋口の夕べの風に裾軽きスカート吹かれおとめら通る
入り難く構える外国ブランドビル日本人ガードマン派手な衣装に
ボテロ作ゆたけく若き踊り子像足高くあぐ並木舗道に
足高くあぐるゆたけき踊り子像笑まいなき表情は遠く上向く
日本警官いつも警備する韓国領事館盛り場近くものものしかり
土本     綾子            西宮
無花果の季節となれば話題となる「花藪」のいちじく甘かりしこと
「花藪」のいちじく挿木して賜いしが年どしの実り豊かなりにき
脚立にて採るいちじくを籠もちて待つ子らいまだ幼かりし日
大木となりしいちじくが根を張りて水道管を破りし事件も
増築のために移して枯らしめし「花藪」のいちじくを今に惜しめり
            高  槻  集
池上     房子          河内長野
去年よりも弱れる手足かえりみず鋸を手に庭木に向う
足に手に打身の痕の残るとも樫の枝切る力まだあり
長男が刈りこむ山茶花金木犀枯れるなら枯れてしまえとばかり
池田    富士子       尼崎
幾年か耳にせざりしみんみん蝉今日ゆく東京の街中に啼く
水門を開閉させて海水を引き入るる池に鯔のはねたり
東京タワー目指しゆく道わが幼帽子を脱ぎて蝉を捕らえぬ
原田     清美          高知            
地震より二ヶ月を経て嫁ぎにき徹夜でかけくれし橋を渡りて
食べる物着る物すべて切符制なりし新婚時代おもうよ
体調をくずせる夫が大根の播種遅れると日々苛立てり
 
                     12月号  作品より         (五十音順に順次掲載)
許斐  眞知子         徳島
わが町の取水口に近き第十堰溢るるばかりに川流れおり
文字太き時計を置きてゆとりあり夕餉の前に本を開きぬ
佐藤     徳郎          生駒
春風になびく噴水に打たれつつ合鴨四羽羽を動かす
裏参道の狭田の鋤かれて土白く桜のつぼみ少しふくらむ
坂本  登希夫         高知
海越えて沖縄よりの電話あり九十四の下戸に焼酎買えとぞ
九十四が今年の米を取りたりき筵十枚に一回目干す
白杉   みすき        大阪
窓近く来たり今日鳴く蝉ひとつわがリハビリを励ますごとし
病む床にありて聞く訃は遠き日にわが心揺りて去りたりし人
菅原     美代          高石
寿蔵つくりし人形のほお体温のあるかに見えて少し上向く
生命(いのち)なき人形は少女のままにして幾十年を経たるまなざし
田坂     初代         新居浜
八十まで製材廃めぬと言いし夫七十九歳心筋梗塞
夫病みて廃業やむなく残材の整理一人でホトホト困る
高島     康貴          阿波
たどたどと作り続けし六十年を無駄骨などと思いたくなし
漠々と移ろう視力も念力も斯くの如くに八十路迫りぬ
高間     宏治          小金井
遠き日に共に関わりしプロジェクトに強かなりしリーマンブラザーズ潰ゆ
世界のためアメリカの復権希えども小気味よしとする思いなしとせず
奥村     道子          弥富
朝の畑にホースを伸ばし撒く水の日差に小さき虹を描きぬ
鉄パイプの手摺をたのみ登りゆく錫杖を突く遍路につきて
小倉  美沙子          堺
図書館に新聞広げて眠りこむ人ありリタイアらしき年齢
再びの海外転勤望む子に寂しさは言わず前途思えば
笠井     千枝          伊勢
退院後間もなき夫をかばいつつ白川郷の秋をめぐりぬ
庄川を渡る風あり足を曳く夫をともない岸辺に立ちぬ
梶野     靖子          大阪
夏休みにわれ裏庭に茣蓙敷きて満天の星を飽かず眺めき
七夕に母の作りし屋形船波の短冊を吊りし青竹
川田     篤子          大阪
風わたる土手に伸び立つ彼岸花白き幾本夕かげに映ゆ
精霊をゆっくり送ると足遅き牛になぞらえ茄子を供えぬ
忽那       哲           松山
墓参終え浜に出づれば故郷の藍色の海白砂に寄す
戦死して独り祀らるる妻の兄の丈高き墓に秋風わたる
鈴木     和子          赤穂
聴力の覚束無さよ音楽の聞こえて台詞聞こえぬドラマ
Tシャツが後ろ前だよ背後より今日休日の息子の声す
中川     昌子          奈良
畦草と共に刈られしツリガネニンジン鉢に植うるにあまた花つく
老われらに何事もなくひと日過ぎ夕餉の卓に素心蘭匂う
中原     澄子         泉佐野
娘の留守に孫の帰りを吾は待つつくつく法師遠くに聞こえて
わが湯掻く茶豆無心に食べている三人の孫の性よく育ちて
永野     正子         吹田
山頂の秋の雷雨に逃げ込みしバスを砦に老い人二十人
新築を急ぐ槌音止む時に湧き出すごとく法師蝉鳴く
林      春子           神戸
長月の山上に咲く紫陽花は乾きゆくまま色を保ちぬ
群生の赤き薄の穂の先に列なる雄花は金にかがやく
春名     重信          高槻
ぬかあめの大峰山へたどりゆき六根清浄やまず唱えぬ
千尋の谷を覗きぬ助っ人は行場に心洗えと言えり
樋口     孝栄          京都
菖蒲園の水に沼杉は気根を出し通路を隔て枝葉を張りぬ
栴檀を万葉の名に紹介する植物園長に親しみを持つ
平岡     敏江          高知
歌の先達坂本さんは吾が町の男性最高齢者で表彰をさる
台風の来ざりし今年のコスモスは吾が背を越えて数多茂りぬ
戎井      秀            高知
熱き茶を朝々仏壇にわが供う母の好みし宇治の新茶を
手を広げ背伸ばしして二時間の介護保険の講習終る
大杉     愛子          美作
木炭バスえんこをすれば皆降りて車押したる青春の頃
この年の稔りの早し盆明けを稲穂の熟れて栗の色づく
岡       昭子           神戸
おさなごは按手をされておだやかに母に抱かれ聖堂を出づ
おばあさんと見知らぬ人に言われたりああそうなんだおばあさんなんだ
奥嶋     和子          大阪
昼近く漸く開く時計草夏ゆきて日ごと花の数増す
パソコンの取替え全て任せたり遠くの息子より近き婿殿に
金田     一夫          堺
休漁の港はカモメも休むらし動かぬ船の舷側に並ぶ
柘榴の実リキュールにせんと漬け込みてピンクの色増す日々を楽しむ
川口     郁子          堺
救急車に夫運ばれて緊急の手術三時間半胆嚢摘出す
入院の夫の体重四十キロ看取る私も四キロ減った
神原     伸子          堺
曼珠沙華今年の花も黒ずみぬ古里(さと)の墓参は思うのみにて
六十年前親子五人の「麦一升」と飢えギリギリの手帳いできぬ
小深田   和弘        美作
息とめて目高の水槽に目を凝らす塵のごとくに動くものあり
塵のごと見ゆる目高の体の中に心臓や消化器いかに納まる

 

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