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去年より弱ると思う金木犀今年の花が清しき香りす |
弱りたる金木犀が花付けて夜はかすかな香を放つ |
降る雨に長く伸びたるほととぎす散りゆく花の側溝に流る |
遠く来し関門海峡トンネルの今日は歩行者通行止めなり |
門司港駅に車椅子借り我が妻に押されて海峡遊覧船に乗る |
何年も思い来し関門海峡大橋近づき見あぐ遊覧船より |
海峡の潮に揺るる遊覧船大橋を見上げ舳先を反す |
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土本
綾子
西宮 |
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草引けば草に埋もれて咲きおりし匂いすみれの花ふるい立つ |
あらためて誓えることもなきままにはや一とせの過ぎなんとする |
人づてに聞きてかなしむわだかまり解けざるままに世を隔てたり |
忘れたる人の名今日は案外に早く甦りそれのみに楽し |
疑うを知らずおろかに従いし悔いよみがえる敗戦忌また |
終戦というは体裁をかまう呼称まぎれもあらぬ敗戦なりき |
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高 槻 集 |
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竹中
青吉
白浜 |
米豊作山の木の実もゆたかならん椋の実に騒ぐむく鳥の声 |
椋の木に椋鳥ホルト樹には鵯それぞれの領分を侵すことなし |
つやつやし栗の実椎の実を前によろめく我は縄文人か |
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長谷川
令子
西宮 |
聖火消え次はロンドンと声高し覚束なきや我の四年後 |
亡き母の面影を見る思いありし伯母百二歳のみ命終わる |
小さきに南無阿弥陀仏と彫るのみの伯母のみ墓に蜩の声 |
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岩谷
眞理子
高知 |
名を記すリストバンドをつけられて今日より患者の一人となりぬ |
紫のペンにて主治医のわがために画く手術部位右胸にあり |
痛みなく抜糸終えきて病室より夫に弟にメールを送る |
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1
月号
作品より
(五十音順に順次掲載) |
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安藤
治子
堺 |
生まれたる大正の記憶は僅かなり恋しみて夢二版画展に来つ |
吾が内の大正は何ナフタリン入れて保てる四つ身一枚 |
井辺
恵美子
岡山 |
竹藪に群がり生うる釣舟草今年も同じところに咲けり |
人住まずなりて久しき隣屋の庭に柘榴の赤く熟れたる |
伊藤
千恵子 茨木 |
夫と共にこのみ仏にあいし日の心に長くありてひとり来つ |
み堂出でて休らう池の辺花終えし蓮は茎直く水面より立つ |
池上
房子
河内長野 |
食卓より見ている庭の草むらに猫が雀を殺むるところ |
身に宿るものはその身を守るとぞ大腸菌蛔虫真田虫すら |
池田
富士子
尼崎 |
父よりも厳しくありし兄なりき復員のあとさらに無口に |
戦場より持ち帰りたるぼろぼろの手帳に兄のみじかうた残る |
石村
節子
高槻 |
すがれたる蓮のかたえにハシビロガモ既にきたりて泳ぎていたり |
閲覧室に手にせる本の古き短歌若き日に読みし記憶蘇る |
上野
美代子
大阪 |
姑のせし遠き記憶をたどりつつ頂き帰りし芋茎煮ている |
子の帰省に今日は夫と貼りかえる気にかかりいし障子の破れを |
高島
康貴
阿波 |
たたなわる鯖雲に朝の茜差し日帰り旅に妻と出で来つ |
高速道より眼下に大塚美術館見えて睡蓮の池は秋寂れおり |
高間
宏治
小金井 |
空爆に瓦礫と化しし工場跡友と呆然と眺めたりしか |
軍国少年と言えど銃持ちし行軍に友より早くわれはへばりぬ |
中川
春郎
兵庫 |
難聴の患者の耳へ大いなる声を出して話し掛けおり |
不整脈それのみ強く気にかけて日毎に来る患者のありき |
中谷
喜久子
高槻 |
訪ね来る者の一人もなき昼を焼むかごなどつくりて過ごす |
落葉のいくらか早き花水木朝々掃くに朱の実まじる |
中西
良雅
泉大津 |
商人の家に育ちし古妻は一日は赤飯の習い今もつづけり |
小豆食うは体によしと妻は言い一日の習い五十年続けぬ |
並河
千津子
堺 |
雨あがりの入日に向い歩むときこの荘厳のわが身をつつむ |
幼きより親しみ来たる蓮池は蒲生い茂り水面の見えず |
南部
敏子
堺 |
宇治橋に来て見下ろせる水の面に動かざるもの網代木と鵜と |
指移しにもたせくれたる蜻蛉の身かなしきまでに赤くか細く |
尼子
勝義
赤穂 |
朝に飲みし薬の数を忘れたる母に付き添う待合室に |
診察室に医師と向かいて座る母丸き背中はいよよ小さく |
安西
廣子
大阪 |
母吾の来ぬ運動会をさびしとは聞かざるままに子ら育ちたり |
雨残る朝を出でたる勝手口早く今年の木犀匂う |
井上
満智子 大阪 |
赤飯持ちて介護ホームの姉を訪う九十七歳の今日誕生日 |
時どきに姉の記憶の確かにて今日は妹我が判りぬ |
上松
菊子
西宮 |
八年を見舞いに通いし道行きぬ今も尚母おわす思いに |
黄ばみたるゴーヤが一つ残されて高く伸びたる蔓の先に揺る |
馬橋
道子
明石 |
波板の屋根張り替えし物置に幾十鉢の蘭を納めぬ |
ばっさりと枝落したる柊の小さき白花数多こぼれつ |
梅井
朝子
堺 |
集うたびきたらぬ一人また一人十年をすぐる忌の法要に |
夜を待たず五分ほど咲ける月下香どこかおかしき一花まじる |
戎井
秀
高知 |
幟はためき波切り進む神輿船祭太鼓を打つ音きこゆ |
沖合に神事終えたるみこし船近よる供船に白酒(しろす)を分かつ |
大杉
愛子
美作 |
熊除けのラジオを鳴らし夜の間に食われて残る栗を拾いぬ |
年々に花咲きたりし百合の根を一夜に猪の食い尽したり |
奥嶋
和子
大阪 |
リクルートスーツをまとい面接に行く娘四十帰国果して |
照れ笑い見せつつ搬送さるる夫手術は無事に終れりと見ゆ |
岡
昭子
神戸 |
秋雨のふる日をこもり久々に絵筆を取りて紙をひろげる |
同じもの着用して待つ人間ドック優しき声のして立ち上がる |
川口
郁子
堺 |
再入院を医師に告げられ我が夫は玉葱の種蒔けぬと嘆く |
縁側の下と風呂場の焚き口にトーンの違うコオロギが鳴く |
神原
伸子
堺 |
九官鳥の声に覗けば逝く前に遣りたる餌か多めに残る |
目の手術より日数経て秋空を美しと見るみどり子の如 |
阪下
澄子
堺 |
家にいて吾を呼びしに姑の声耳に残りて払うすべなし |
今日も一日姑の訴え聞くと決めヘルスバンドの紐を強くす |
佐藤 千惠子
神戸 |
仏壇に留守にしますと手を合わせ光差し入るカーテンを閉ず |
スタンドより左の腕を吊されて術後の姉はICUにあり |