平成21年2月号より

 

            選     

 

桑岡    孝全          大阪
朝かげに光るものありキーボードに一すじ白きみずからの髪
地下街におのずとだらだら坂あるを今日も感じて往還をせる
エスカレーターの動く手摺に雑巾をただ押しつけて拭える男
前うしろ児を載せてゆく自転車あり三十年前わがせしごとく
石油より人のつくりし膜状のもの地にあふれ風に飛ぶなる
赤く塗る張子の牛(べこ)がエアコンのかぜにかすかに首ふる蕎麦屋
おおむねは共感不能四齣漫画の世界はわれを置き去るらしき
 
井戸     四郎          大阪
わが窓の下土に咲くホトトギス花の盛りは過ぎたるらしき
窓下に咲くホトトギス西の日の照らせるなかに次々と散る
朝寒の花につゆ持つほととぎす長く伸びたるみ仏に切る
二三日つづく曇りにほととぎす短く切りて机にさせり
朝とりて机に挿せるホトトギス留守のあいだに花をこぼせり
部屋深く射し入る夜半の望の月肌冷ゆるまで窓をひらきぬ
洗面の鏡にうつす夜半の顔目のさだまらず魂の抜けたり
土本     綾子            西宮
一夏の炎暑に枯れしさつき五鉢惜しみつつ土をふるい抜き捨つ
挿木して育てしさつき年どしに耀うばかりの花をつけしに
春夏を咲きつぎてなお秋の蕾ハイビスカスの一にちの花
名を知らぬまま幾とせか愛で来しを源平かずらと今日は知りたり
布団綿打ちなおし仕立て替うることも夏の仕事の一つなりにし
伸子張り板張りなどの言葉さえ聞くこともなくなりて久しき
怠りを悔ゆる思いもはやあわく夕べひそやかに紅鮭を焼く
          湧水原      ( 32 )
桑岡     孝全          ( 草津水生植物園 )
知多吟行に三宅霧子ら乗り遅れしを思いいづるよ今日吾遅る
篠島の盆の踊りの夜のやどりみな若かりき亡きは誰々
ここにては対岸ちかき淡海のうみ曇る十月の空を映せる
遊びせんとや生れけん荒れ模様の予報をあえて吾等きたりて
火に焦げし草にはあらず大葉蛇の髭黒龍は黒き茂みをなせり
蓮の池に泳ぐグッピーを見ておりぬ曇れる苑に人を離(か)れきて
無憂樹のもとに生まれて沙羅のしたにみ命おえし聖としるす
熱帯の睡蓮はすべての色彩に咲くというのを諾うこの池
はちすさまざま花咲く昼を遠足の学童がひとり嘆声をあぐ
オニバスの開花は夕刻と標示ありて只浮く丸き葉の十ばかり
シソ科にてネコノヒゲなる名をもてり白きか細き花を掲げて
天然のメダカと掲示せる前にそれぞれ一言ありぬわが友ら
水草を添えてメダカは七尾ばかり頒価三百五十円也
果汁飲みてまた巡らんか蓮の花とずる三時になおいとまあり
雨もよいつづくひと日を林泉(しま)にあそびもとおりて見る宿場の梯
名を長く知る草津宿今日来たり長閑けしと見つ住まわばいかに
伽藍仏教の宿坊ちかく育ちしわれの眺むる本陣豪奢にもあらず
草津宿街道交流館に北蓉子さん版画の四回刷りにいどむよ
脇本陣は茶房営みパンジョ短歌教室の諸君つれだちて入る
小泉     和子          ( 奥津城 )
線香が形のままに灰になる風少しある今日の奥津城
生計のくるしき頃を一人来てみ祖の墓に心遣らいき
今ここに累代の墓毀ちゆく罪の深きをひとり思えり
わがあとに花まいらする者のなく廃るる墓を思うしばらく
佐藤     健治          ( 故郷の村 )
植木村とよばれて村の人々は木を育てるを業としたりき
村の駅に引込線あり植木用クレーンありて時に動きし
何時売れるとも知れぬ松の木を父は気長に剪定せりき
くろ松を植うる田畑をそれほどに持たぬ人々日雇いに出づ
長谷川   令子          ( 唐松 )
久しぶりに訪う山荘は木々茂り唐松の影テラスを覆う
池のめぐりも水の面も濃き緑ボートひとつが白く揺れおり
重ね着して見る映像は酷暑の街いよいよ明日は帰りゆく街
この霊気持ち帰らなと胸深く吸い込み仰ぐ茂る唐松
増田     照美          ( 姫路にて )
白壁の塀に沿いつつ流れゆく疎水にあまたマシジミの棲む
晴れ渡る朝の海に父と出で導かれつつ鯵を釣りにき
たまさかに群れて磯へと上がりくる鰯を次々手づかみにしき
晩秋を段々畑に日の暮れて母に添いつつ麦踏みをしき
山口     克昭          ( 跡 )
小型版NOTBOOKの十二銭昭和十六年父記す日々
猫の仔を殴りし母を父怒り悲しみ書きて残す二頁
朝あけに秣刈りたるわが母の野良着の濡れてどくだみ匂う
薮原を刈れば御祖が耕しし形のままに畝のあらわる
             2月号作品   (順次掲載)
蛭子     充代               高知
来年は夫婦で旅行に行こうよね一瞬の夢に目覚め驚く
亡き夫の誕生日今日時を置き男遍路二人玄関に来る
小沢   あや子              大阪
温暖化の影響受けて色付きの悪しきリンゴに霧を吹きいる
石仏を掘りて並ぶる草群に祖父祖母に似る顔のありたり
岡田     公代               下関
一分先に生(あ)れし健汰を「兄ちゃん」と呼びて伸び伸び康汰が育つ
青年となる日に読まんいとけなき日を写しゆくこの孫歌ぞ
岡部     友泰               大阪 
昼寝より醒めて不機嫌の児らの健診一児が泣けば伝染しはじむ
四捨五入すれば九十となる齢にて週に一回今日も診療
奥野     昭広               神戸
秋晴れに消火ポンプが始動してテンション上がる今日の訓練
日曜の団地の丘は秋日和消火訓練の放水続く
奥村     道子             弥富
濯ぎ物干す間に朝の半月は淡くなりつつ西に移れり
今朝の庭にセピア色して乾びたる蟷螂一つまろびていたる
遠田       寛               大阪
亡き兄の家に来りて開け放ち夏の昼ふけを一人居眠る
「魂の詩人」を冠せる中也の本たまわりて常に届くところに
小倉  美沙子              堺
珊瑚樹は又高々と梢のばし樋に朽葉の溜れる予感
老二人の家にも用事は山積みにめぐりの溝に溜れる沃土
奥村     広子               池田
電車駅のホームに降りて歩く鳩今にも踏まれそうに危うく
青き実のなりて下がれるレモンの木遅れて花の咲く枝のあり
川田     篤子               大阪
烏瓜のあまた垂れたる青き実の日の照るあたり色づき初む
いつの間に衰えたりや口内の嚥下検査に唾飲み込めず
金田     一夫                堺
漱石描くマッチ箱の汽車模して走る機関車のあり煙も出せり
太き字のまねき掲ぐる季節にて過ぎ行き早き一年おもう
小深田  和弘               美作
オホーツクの海より寄する高波にわが乗る船の出航をせず
葦はらの広ごる釧路湿原を一輌電車に揺られていたり
佐藤     健治               池田
赤き実を数多着けたる花水木に久しく見ざる鵯の来る
夜遅く救急車来り止まりたり我が真向いの家とおぼしく
澤田     睦子               大阪
雨の今日年に一度祖母の墓傘をひらきて阿弥陀経あぐ
十四人孫いる中で我一人手もとにおきていとしみくれし
杉野     久子               高知
山の畝にコンテナ下し汗ばみぬ蜜柑の木より洩るる日に憩う
会津より送りくれたるみしらずの柿味よきを福島民報に知る
筒川     昭子               堺
遅き母を待つ子と若き保母我と宵の明星を共に見上げし
郵便ポストに自分で入れると言い張る児収集の人かたわらに待つ
永野     正子               吹田
黄葉の残れる枝を締めつけて電飾のコードすでに巻かれぬ
閉ざす日の近き遊園の観覧車灯りの入りて冬空に浮く
春名     重信               高槻
彼岸会を母と詣でし日を思いみ墓へ登る萩咲く道を
お経と錫杖に守り給い我よろぼうも滝壷にいる

 

                    ホームページに戻る