湧水原
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桑岡
孝全
( 草津水生植物園 ) |
知多吟行に三宅霧子ら乗り遅れしを思いいづるよ今日吾遅る |
篠島の盆の踊りの夜のやどりみな若かりき亡きは誰々 |
ここにては対岸ちかき淡海のうみ曇る十月の空を映せる |
遊びせんとや生れけん荒れ模様の予報をあえて吾等きたりて |
火に焦げし草にはあらず大葉蛇の髭黒龍は黒き茂みをなせり |
蓮の池に泳ぐグッピーを見ておりぬ曇れる苑に人を離(か)れきて |
無憂樹のもとに生まれて沙羅のしたにみ命おえし聖としるす |
熱帯の睡蓮はすべての色彩に咲くというのを諾うこの池 |
はちすさまざま花咲く昼を遠足の学童がひとり嘆声をあぐ |
オニバスの開花は夕刻と標示ありて只浮く丸き葉の十ばかり |
シソ科にてネコノヒゲなる名をもてり白きか細き花を掲げて |
天然のメダカと掲示せる前にそれぞれ一言ありぬわが友ら |
水草を添えてメダカは七尾ばかり頒価三百五十円也 |
果汁飲みてまた巡らんか蓮の花とずる三時になおいとまあり |
雨もよいつづくひと日を林泉(しま)にあそびもとおりて見る宿場の梯 |
名を長く知る草津宿今日来たり長閑けしと見つ住まわばいかに |
伽藍仏教の宿坊ちかく育ちしわれの眺むる本陣豪奢にもあらず |
草津宿街道交流館に北蓉子さん版画の四回刷りにいどむよ |
脇本陣は茶房営みパンジョ短歌教室の諸君つれだちて入る |
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小泉
和子
( 奥津城 ) |
線香が形のままに灰になる風少しある今日の奥津城 |
生計のくるしき頃を一人来てみ祖の墓に心遣らいき |
今ここに累代の墓毀ちゆく罪の深きをひとり思えり |
わがあとに花まいらする者のなく廃るる墓を思うしばらく |
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佐藤
健治
( 故郷の村 ) |
植木村とよばれて村の人々は木を育てるを業としたりき |
村の駅に引込線あり植木用クレーンありて時に動きし |
何時売れるとも知れぬ松の木を父は気長に剪定せりき |
くろ松を植うる田畑をそれほどに持たぬ人々日雇いに出づ |
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長谷川
令子
( 唐松 ) |
久しぶりに訪う山荘は木々茂り唐松の影テラスを覆う |
池のめぐりも水の面も濃き緑ボートひとつが白く揺れおり |
重ね着して見る映像は酷暑の街いよいよ明日は帰りゆく街 |
この霊気持ち帰らなと胸深く吸い込み仰ぐ茂る唐松 |
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増田
照美
( 姫路にて ) |
白壁の塀に沿いつつ流れゆく疎水にあまたマシジミの棲む |
晴れ渡る朝の海に父と出で導かれつつ鯵を釣りにき |
たまさかに群れて磯へと上がりくる鰯を次々手づかみにしき |
晩秋を段々畑に日の暮れて母に添いつつ麦踏みをしき |
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山口
克昭
( 跡 ) |
小型版NOTBOOKの十二銭昭和十六年父記す日々 |
猫の仔を殴りし母を父怒り悲しみ書きて残す二頁 |
朝あけに秣刈りたるわが母の野良着の濡れてどくだみ匂う |
薮原を刈れば御祖が耕しし形のままに畝のあらわる |
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2月号作品 (順次掲載) |
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蛭子
充代
高知 |
来年は夫婦で旅行に行こうよね一瞬の夢に目覚め驚く |
亡き夫の誕生日今日時を置き男遍路二人玄関に来る |
小沢
あや子
大阪 |
温暖化の影響受けて色付きの悪しきリンゴに霧を吹きいる |
石仏を掘りて並ぶる草群に祖父祖母に似る顔のありたり |
岡田
公代
下関 |
一分先に生(あ)れし健汰を「兄ちゃん」と呼びて伸び伸び康汰が育つ |
青年となる日に読まんいとけなき日を写しゆくこの孫歌ぞ |
岡部
友泰
大阪 |
昼寝より醒めて不機嫌の児らの健診一児が泣けば伝染しはじむ |
四捨五入すれば九十となる齢にて週に一回今日も診療 |
奥野
昭広
神戸 |
秋晴れに消火ポンプが始動してテンション上がる今日の訓練 |
日曜の団地の丘は秋日和消火訓練の放水続く |
奥村
道子
弥富 |
濯ぎ物干す間に朝の半月は淡くなりつつ西に移れり |
今朝の庭にセピア色して乾びたる蟷螂一つまろびていたる |
遠田
寛 大阪 |
亡き兄の家に来りて開け放ち夏の昼ふけを一人居眠る |
「魂の詩人」を冠せる中也の本たまわりて常に届くところに |
小倉
美沙子
堺 |
珊瑚樹は又高々と梢のばし樋に朽葉の溜れる予感 |
老二人の家にも用事は山積みにめぐりの溝に溜れる沃土 |
奥村
広子
池田 |
電車駅のホームに降りて歩く鳩今にも踏まれそうに危うく |
青き実のなりて下がれるレモンの木遅れて花の咲く枝のあり |
川田
篤子
大阪 |
烏瓜のあまた垂れたる青き実の日の照るあたり色づき初む |
いつの間に衰えたりや口内の嚥下検査に唾飲み込めず |
金田
一夫
堺 |
漱石描くマッチ箱の汽車模して走る機関車のあり煙も出せり |
太き字のまねき掲ぐる季節にて過ぎ行き早き一年おもう |
小深田
和弘
美作 |
オホーツクの海より寄する高波にわが乗る船の出航をせず |
葦はらの広ごる釧路湿原を一輌電車に揺られていたり |
佐藤
健治
池田 |
赤き実を数多着けたる花水木に久しく見ざる鵯の来る |
夜遅く救急車来り止まりたり我が真向いの家とおぼしく |