平成21年3月号より

 

            選     

 

桑岡    孝全          大阪
七十歳まで働ける企業というコピー眺むるわれや七十五歳
五輪誘致だ世界文化遺産だとわいのわいのと生きているのだ
わが大阪万事ワーストにもあらず首都東京の孤独死の数
遠き日のなにわの記憶に繋がらん耳朶の冷たさ夜を覚めている
炭火焼肉牛太郎なる店舗より冬の夜空へけむりのぼりぬ
三度ほど会釈交わしし隣人か出先にて心筋梗塞密葬終えし由
待ち受けて妻の告ぐるは鮭の切身を白昼奪いて去りたる鼬
 
井戸     四郎          大阪
一日の光ともしく山茶花の昼散る花びら溝にたまりぬ
山茶花の散り重なりて花びらのくれないの褪す昼の光に
山茶花の花を動かす小鳥来て直ぐ立ちゆけりま昼間の日に
寒さやや緩みて日の照る山茶花に小鳥飛びきて花を動かす
ゆるゆるとペダルを踏みて帰りたる夕方熱き甘酒を飲む
帰り来て一とき呼吸の収まれば机の前に甘酒を飲む
胸底のからき呼吸の静まりて吹きさましては甘酒を飲む
土本     綾子      西宮
年の瀬となれば今年も包丁を研ぎに来てくるる老いし棟梁
この人のありて五十年保つ家いくたびか増築修理かさねて
職退きて釣りざんまいの日々という息子二人になべて委ねて
学童の登下校を目守り道に立つ人はすこやかに老いて朗らに
近隣の子らにおじいちゃんと慕われて竹とんぼ竹馬を教うる姿
年末の仕事にガラス戸十二枚ことしも洗い得たるよろこび
町並のはたて茜の色に染む明日元旦の空も晴れなん
        高  槻  集
安藤     治子            堺
写実の中にかく情感の漲れり永井荷風作「ふらんす物語」
吾が知れる巴里と百年を隔つれど生き生き顕ち来荷風の筆に
わが孫の今親しむは仏国青年と聞きて取り出づヨーロッパの地図
夥しき国々が境接するを思えり島国に呑気に生きて
神原     伸子            堺
さすりてくれと微かな祖母の声聞きて泣きつつ摩りし臨終の時
魚さばきうりたる大き祖母の手は父母知らぬ我を育てくれし手
報恩講とて七つの我の手を引きて御寺廻りし祖母若かりき
安田     恵美            堺
新聞のきたらぬ朝の食卓に夫は時間をもてあますらし
道端の小さき畝に大根の十本ほどが見られて育つ
夕光を秀先に残し三本のあけぼの杉は錆色に立つ
        三月号   作品より    (五十音に順次掲載)
笠井     千枝            伊勢
ひこばえの末枯るる畦に立つ幟しめ縄作りの里を示しぬ
わが窓より見ゆる高層マンションの友の住む階早く灯れる
梶野     靖子            大阪
戸を繰れば目に入る庭の楓二木日々くれないの深まりきたる
わが庭の楓の落葉とりどりの色の混じりて掃くをためらう
角野     千恵            神戸
三月の末にて雇い止めにするを派遣社員に子は告げたらし
いや   もおー  二歳間近き曾孫(ひいまご)よいかなる場所でおぼえし言ぞ
川中      徳昭            宮崎
亡き祖母が坐っていると妹の夜中の電話にわが立ちつくす
吾より外に看とるものなき妹はレビー小体型認知症噫
葛原      郁子            名張
専修寺寺内町を案内され改めて知る法主さまよ猊下様よと
五十億を下らぬ平成の大修理御影堂の雅びを仰ぐ堂内
忽那        哲             松山
居眠りより覚めて居場所を確かむるその束の間のまだるき現
吾にとりて昨夜の冷えは有り難し石鎚を見にいそいそと出づ
小泉     和子             豊中
群れ立てるメタセコイアに入日差し火炎光背思わする秋
スムーズにあらぬ起ち居にわがあぐる声のみにして音なき一人
許斐   眞知子            徳島
小鳴門橋の急なる坂を自転車に遍路姿の若者のぼる
白波立つ向こうは明石の街並か靄のかかりて蜃気楼の如し
坂本  登希夫             高知
老いづきて子にひきとられゆきたりし寿栄さんの家壊されにけり
従軍の六年十月を生還の九十五が町史編さん委員となる
白杉   みすき             大阪
栴檀の散り残りたる葉の間黄に色づける小さき実の見ゆ
野道ゆく体操帽の園児たち声を限りに電車に手を振る
鈴木     和子            赤穂
新しき年迎えんと今日磨く窓のガラスのとどかぬところ
トタン屋根の端に寄りくる霜解けの水飲む鴨の淑やかにして
高見  百合子            美作
柚子みそを煮詰むる厨甘酸ゆきにおいのこもる夕べとなりぬ
霧晴るる東の空に伯耆富士見えて頂の雪きらきらし
辻       宏子             大阪
入院せる嫁に代わりて吾よりも手際よく孫は炊ぎごとする
夫の忌の過ぎて寂しさ深まりぬ師走半ばの月かげ淡く
津萩 千津子            神戸
日照の乏しき家に落着かず日当り求め犬と歩けり
動くものは池のさざ波ばかりなり眠る家鴨に冬の日の射す
鶴亀 佐知子            赤穂
荷物篭とサドルみじめに剥がれたり塵埃置場のわが自転車は
孫桃子パワーを送るとFAXに自らの手形押せるが届く
戸田     栄子            岸和田
控えめにおせちも少なくお雑煮をひっそりと食ぶ喪中の正月
幸せが一杯の妹逝き苦労多き吾生きなんと一人空仰ぐ
増田     照美             神戸
雨のあと嘴太鴉はてっぺんの黄の枇杷ひとつくわえてさりぬ
縦長の大きカンバス突き抜けてコローの木々の鬱蒼と立つ
松田     徳子            生駒
日溜りの椅子に坐りて食む人の背を押して乞う鹿なれなれし
真青なる空に聳ゆる大寺の鴟尾は黄金の光かえしぬ
安井     忠子            四條畷
温暖化は米に空洞つくるらし脱穀により粉になると言う
夜を襲う肩の痛みにありなれて昼の電車に我は寝すごす
山口     聰子            神戸
鎧戸はかそけき音にふるえおり壁に蔦はう古き洋館
昼食のホテルの窓は一瞬に真白き靄が景色をかくす
湯川     瑞枝            奈良
仏足跡の大き形をなぞりみる陽に温もれる石のおもてを
念仏堂の障子を貼れる在家の人日差しの中にきびきび動く
吉岡     浩子            堺
剪定にいそしむ夫の今年また球根の芽をふみてしまいぬ
防災のバケツリレーははかどらず老い人多きわが自治会の

 

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