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| 午後からの雨降りに吹く春一番診察予約の病院に行かず |
| 春一番九州にて吹く二月半ば夕方近く雨となり来ぬ |
| 足ことに弱れるこのごろ出で行かず日差しに近く自転車磨く |
| 辛うじて吾が投函するこの年の年賀状にはまだ居りと書く |
| 暖かき春風に吹かれますますの蹇と聾とは忘るると決む |
| 紅梅の枝一杯に花の着く鉢を買い来て雛飾りとす |
| ボケの花紅梅の花おきかざり我が家の雛の節句とぞする |
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| 土本
綾子 西宮 |
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| 同じ賀状二枚賜える人を思う心いくらか複雑にして |
| 吹く風をガラス戸越しに見たるのみ籠りて過ぎぬ昨日も今日も |
| クイズ番組小学生の正解率二十パーセントというに及ばず |
| 灯の下に拡大鏡をかざし読む効能書の細かき文字(もんじ) |
| ストレスは腰痛にも作用するという医師の言葉を思い出でおり |
| 病むというほどにあらねどたゆき身を持て余しつつ日々の過ぎゆく |
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湧 水 原 (33)
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| 池上
房子 (古市再訪) |
| 先生を囲みし小さき集会所年月を経てなつかしみ来ぬ |
| 酸素ボンベ負いて単車に来たまえる君を迎えきこの玄関に |
| 建て増して見覚えの木は伐られたり当然に君の表札も無く |
| 喫茶店ガロをひと日のおわりにと変わらぬガラス戸を押して入る |
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| 奥嶋
和子 (石垣島) |
| 種子島意外に大きく硫黄島こんなに小さし噴煙あげて |
| オオゴマダラ数多飛ぶ園に初めて見る金の蛹の輝く色を |
| 憧れの水牛車に海の浅瀬ゆく西表より由布島の浜へ |
| 石灰岩通りきたれる水飲みて島人なべて歳より若し |
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| 小泉
和子 (ペースを保ちて) |
| 転移告知うけて戸惑い歩む道欅はことごとく葉をおとしたり |
| 治療後の体のさらに痛みまし倦みて心の動かざる日々 |
| 違和感は払いがたきにしばらくは一人の生活のペースを保つ |
| こもごもの思いを消して眠りゆかん一人の闇にショパンを聴きて |
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| 白杉
みすき (蝋梅) |
| 蝋梅の花にとどまる雨露の一つひとつが日にかがやけり |
| 窓ガラスを息に曇らせ蝋梅に降り積む雪を眺めておりぬ |
| 蝋梅の根方につもる深さなど言いつつ雪の一日くれゆく |
| 蝋梅の根づまりに心配る夫植え替えるべく土の用意す |
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| 田坂
初代 (思い出すまま) |
| 亡き父母が下地竹より商いて製材業は百周年なり |
| 終戦後三十四軒の製材は現在三軒細々残る |
| 孫ひ孫に囲まるる今日の法要をよろこぶ夫の笑顔が浮かぶ |
| 九段には行かず我が家に帰りくれ六十五年を共に生かさる |
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| 西川
和子 (イラ・フォルモサ) |
| 国防とう教科組まれていて校庭に軍事訓練の掛け声響くと |
| 台湾に留まることも考えしと手記に残しし亡父を思いつ |
| 青信号ながら横断侭ならずバイク群濁流の如く迫り来 |
| 賑々しく漢字溢れる街を行き目に留りしは「媽媽楽洗衣機」 |
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| 長谷川
令子 (青き海) |
| 椰子の陰に紅濃き緋寒桜咲く石垣島の一月を来て |
| アダンの木を透きて輝くコバルトの海静かなり強き日差しに |
| 信号も舗装路も無き竹富島石垣と白き道の続けり |
| 島人の補い保つ珊瑚の砂竹富島の路地白々と |
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| 春名
重信 (現場から) |
| 通いくる自立支援のデイケアに老ゆる人らを笑顔に迎う |
| 南洋に戦いし肩の傷を見せ語る翁の目のかがやきぬ |
| 出で入りに杖の幾つか立ててあり麻痺の老女は花柄選ぶ |
| 公園に木立の陰を選りながら麻痺の翁の車椅子押す |
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| 増田
照美 (ポーランド) |
| 王宮の水上劇場柱のみ残りて孔雀三つ四つ遊ぶ |
| 下水道へ入りゆく兵士の像三つワルシャワ蜂起を今に伝えて |
| 切取りし髪山と積むアウシュビッツ解くことのなき三つ編み交え |
| ビルケナウの木立より出でまっすぐに鉄道線路は死の門へ入る |
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| 松内
喜代子 (盗難届) |
| 墓石を洗える隙に盗まれし財布はわれの長く使いき |
| バッグの財布盗まれたるを気づかずに日の射す墓の草ひきていつ |
| 盗られしは金のみにして命あること喜べと人の言うあり |
| 麦の穂の入る花束を舅姑の墓に供うる二月の忌日 |
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| 松野
万佐子 (杉原弘先生) |
| 病む夫をみとりの暇にこの道を通いたりしよ勉強会に |
| 歌会を君の休日にするからとお呼びくだされしみ心わすれず |
| 好みまし木草の庭は車庫となる君逝きまして二十年近く |
| もみじせる草の広がる川むこうヒヨと離れてツグミの群れぬ |
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| 山口
克昭 (残念石) |
| ライダーの刺繍ジャンパー売る店は絣を商う老舗にありし |
| 父に次ぎ吾纏いたる絣地を妻のまといて色変わらざり |
| 昼下がり宗右衛門町に耳遠い吾に寄りくる猫撫声す |
| 夜を通し街鼓動する一劃に道頓道卜奥つ城どころ |
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| 6月号 作品より
(50音順に掲載) |
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| 森口
文子
大阪 |
| くさぐさの仏具を磨き思うこと年忌営むはこたびが最後か |
| 祖父を知らぬ少年の声まじりつつ今日誦しまつる般若心経 |
| 森本
順子
西宮 |
| つぎつぎと堰堤のたつ黒岩谷マンサクの木のあまた切られぬ |
| 洪水に運ばれし石住宅の石垣となる御影の町に |
| 小倉 美沙子 堺 |
| 春寒き道を帰り来あと少しで鍵渡さるるマンション見つつ |
| 根つめるは既に不可能吾かつてよくぞ編みしと思う服あり |
| 川田
篤子
大阪 |
| 在りし日の母が湯浴に用いにし手摺にいつか我の縋りぬ |
| 蕁麻疹の痒みいくらか治まりて朝の光のなかに微睡む |
| 金田
一夫
堺 |
| 新卒の就職活動流氷期我が家の一員内定確認 |
| 植木鉢除ける下に水仙の抑えられたる黄色の葉の芽 |
| 小深田 和弘
美作 |
| 三九郎稲荷を護る狐の像欠くる尻尾に苔のむしたり |
| 氏子らに振舞う甘酒温める焚火を煽り突風の吹く |
| 佐藤
健治
池田 |
| 剪定せる薔薇よりあまた新芽出づ棘のあわいに赤き色して |
| うばめがしに混じり生いたつ沈丁花枝葉よく似て芳香放つ |
| 鈴木
和子
赤穂 |
| 小さき虫つきたるままの葉の多くわが豌豆の花の紫 |
| 実入り良き豌豆に篭の重かりき吾が九歳の腕の記憶 |
| 高見 百合子
美作 |
| 隣り家に住む人去りて一年か庭に子猫の出で入るを見る |
| 在りし日に母の好みし茶羽織に今日リフォームの鋏を入れぬ |
| 松田
徳子
生駒 |
| 段畑を耕す人の鍬とめて日の沈みゆく沖を見下ろす |
| 鎮もれる脇街道の晴れわたり田に咲きみだるる菜の花まぶし |
| 安井
忠子
四條畷 |
| 星の名を汝に教えし我は地にありて写経に気を紛らわす |
| 夫は次男我らの過去帳いの一にしたためられぬ先立ちし子の |
| 山口
聰子
神戸 |
| 冷えわたる昼下りなり何時しかに三月の雪音無く舞いて |
| かな書道母の指導で続けいて今日は褒めらる初めてのこと |
| 吉岡
浩子
堺 |
| なじみたるわが隣り人坂道の多きをかこち町を出でゆく |
| スムーズな会話を夫とかわしたく時に鏡へアエイウエオアオ |