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選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 大阪 |
七十(ななそじ)にして知るひとつたびまねく霜をこうむる菠薐草の美味 |
ひそやかに誌面より去る名のいくつよわいの事は致し方なく |
いたずらに伸びて眼を刺す眉ばかり土屋文明の域にあるらし |
スリッパのまま帰ろうとしておりぬ内視の麻酔醒め難くして |
花終えて立つコブシありユトリロに似るみずいろの独身寮に |
井戸 四郎 大阪 |
沈丁花の小さき一鉢なかなかに蕾開かず春一番吹く |
救急車に運ばれ齢相応の脳萎縮の診断思い出だしぬ |
脳萎縮宣告されてより幾年か物忘れ多きは関係ありや |
庭先に増えて咲きたる貝母の花家出ぬ吾に持ち来たまいぬ |
庭に咲くXマスローズ菜の花と水仙貝花束にし賜る |
細き枝に土にするまで垂れて咲く八重の椿をみ仏に切る |
耳疎くなりたる吾は花の下連歌会記事の写真羨しむ |
土本 綾子 西宮 |
まだ吾に出来ることあるよろこびにミシン踏み孫のズボン繕う |
久びさにミシンを踏めば手に足によみがえりくる感覚のあり |
少女われに父母の買いくれしこのミシン狂うなく七十年を保てり |
大八に運ぶ嫁入りの荷の中の一つ宝なりきシンガーミシン |
防空壕に入れて保ちし日もありてわれと共なる七十余年 |
電動に惹かれ求めしは一度ならずされどこの足踏みに及ばず |
ジーパンの修理上々とりなでて孫はいく度も声によろこぶ |
高 槻 集 |
南部 敏子 堺 |
集いを避け独り居好む子でありし家族のみ寄り三回忌なす |
足癒えて階を昇れば汝が部屋に元気出せよと遺影が笑う |
はじめての足には邪魔とばっかりに小さな靴は脱ぎとばされぬ |
昼すぎの春日の路地にみどり児の主張笑ましくむきむきの靴 |
増田 照美 神戸 |
若き日のわが父母をよく知りて語りくれにし人のみまかる |
久々に語り合いしは三月前またの出会いは果たさず逝けり |
法要の帰りを携え語りにき酸素ボンベはわが手に引きて |
波の音聴きつつ思う年長く住む者のなきふるさとの家 |
松浦 篤男 高松 |
わが癩ゆえ失意の果ては若く亡き母の五十回忌に遇うは罪かも |
交通事故の妹口惜し七人のはらから法要に揃いしものを |
六人の弟妹人並の幸得たりわが癩ゆえの疎外に耐えて |
木材不況いつまで続くか過疎進み故里の山荒れゆくを見る |
7月号 作品より (50音順) |
山内 郁子 池田 |
飲む水のなき国びとへ百円の寄付をしたりぬ水の日の今日 |
満開のままに伐られぬ建て直すみ堂の敷地にかかる三椏 |
山口 克昭 奈良 |
難手術かホスピスかとの告知あり後を選びて四月在りたり |
見送りの視線背にあり振り向かず角曲がりたり振り向き得ざり |
山田 勇信 兵庫 |
春雷の去りてゆきたる暮れどきを置きやる餌に鵯のめざとし |
昼に見し瑠璃鳥夢に現れて先立つがごとわが前を飛ぶ |
横山 季由 奈良 |
残る一年になし得ることも限られしと佇む花蔭昼ひとときを |
あこがれて待ちし定年も近づけばそこはかとなくこころうち寂し |
吉田 美智子 堺 |
花仰ぐ人にまじらい花の下美容院へ髪切りに行く |
卓の上のあやめの花びら震わせて自衛隊ヘリの編隊が飛ぶ |
吉年 知佐子 河内長野 |
朝の窓明くる彼方の山の端に黄砂にかすむ太陽のぼる |
古きノートに遺れる夫の筆跡をしみじみと読む戸棚の前に |
辻 宏子 大阪 |
何時までも健やかにあるはずのなき海馬を思い机に向う |
机椅子共に亡き夫の贈物古びゆくのを子は買い替えず |
津萩 千鶴子 神戸 |
住民の運動ありて残りたる楠に幼き鶯の鳴く |
新しき街灯つきて我が庭の柿の若葉を夜通し照らす |
鶴亀 佐知子 赤穂 |
曾祖母に捧ぐとバイオリン習いたる小さき指に弾く音の慥か |
病む床よりわれに指示して育みし夫のシンビジウムの花咲く |
戸田 栄子 岸和田 |
窓のレースに映る緑に眼をすこし休めて吾の今日がはじまる |
リフォームして二年で逝きし妹の家の畳は未だ青々 |
中川 昌子 奈良 |
肥後菫の白花に寄る心憂きニュース伝うるテレビ見てきて |
人影の無き田の畦に芹を摘む時折雉の声のみのして |
中原 澄子 泉佐野 |
週明けて出勤の夫出でゆけば窓開け放ち吾が時を持つ |
輪に坐して子等の事など語り合う桜の下に顔の明るき |
林 春子 神戸 |
タッチの差にエレベーターは昇りゆき下りてくれば夫の出でくる |
あじさいの枝の緑の繁りきて三とせののちという花待たる |
岡 昭子 神戸 |
棕櫚の枝をもちてキリスト迎えしとう聖書にならい吾等行列す |
小学校のかたわらをゆく散歩道給食調理室の匂えり |
川口 郁子 堺 |
壊れかけの娘夫婦の鎹の幼き兄妹の心を思いぬ |
夫作る野菜は何故に硬いのか内緒にて買う特売大根 |
神原 伸子 堺 |
救急車の置きてゆきたる老婆にてどこが悪いと問えども言わず |
点てくれる元明時代の茶碗とて頂く手許ややにふるえて |
久保 和子 西宮 |
けやき若葉萌えたつ園に媼三人清掃をせり朝光のなか |
春のコート風に靡かせ街ゆけば銀杏並木の芽吹きととのう |
窓のかなた入江に二艘の白い舟日差しあかるき五月となりて |
阪下 澄子 堺 |
中空に月ある夜の池を巡る満開近き桜仰ぎて |
春休み少し残して帰りゆく子の車今瀬戸内の上 |