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選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 大阪 |
直近の過去を忘れる翁われ乗ってこなかった自転車さがす |
髪白きのみなる人をたっとしとするはおろかと釈迦牟尼論す |
ついの炉に残さん骨を夜の苑に来りてうんと伸ばしてもみる |
笑イイル泣キイルなどというきけば衣干シイル天の香具山 |
植えられて十日をみつつ稲ののびすみやかなるに驚く今更 |
あしたより降りいでて宵も音のする今生七十五回目の雨季 |
豪州の冬季六月インフルエンザ猖獗の報はこころに遠し |
井戸 四郎 大阪 |
雨を避けて通りすがりの商店街軒先のベンチに腰を下ろしぬ |
ハングルの看板多きみゆき通り目立たぬ店にコーヒを飲む |
通り雨すぎたる町の裏通り人影のなくペダル踏みゆく |
降り続く二日ばかりは自転車の運動にも出ずわが心憂し |
出窓には妻の水飼う木瓜の鉢返り咲く花を楽しみにして |
梅の木の青々しげる小さき鉢出窓に妻が朝の水飼う |
孫どもの写真を机に拡げおくわれの独りの喜びとして |
土本 綾子 西宮 |
会うたびに語彙増ゆる幼積木崩れて今日は折角という語を使う |
二歳一歳いとこ四人の遊ぶみれば片言の語も通い合うらし |
黄ばむまで保ちし障子も破られぬ繕わずおかん今しばらくは |
幼らの帰りて夜半に着替えたるわがセーターの汚れ目に立つ |
無人駅次々に過ぎて森また森みどりの墜道をゆくがごとしも |
二粁ごとに停まる単線の一時間汝が住む村の森が見え来ぬ |
幼らはシートに眠り車窓にはどこまでも続く蒼き山なみ |
高 槻 集 |
小泉 和子 豊中 |
疵のある畳あらたむる事のなく残るいのちを住まわん家か |
この地下の店の多くもシャッターを降ろせる見えて不況久しき |
モニターに写る頭部の異常なし今しばらくは惚けずにあれ |
冬着なお離せずにいるわが隣顔に汗して座る人あり |
岩谷 眞理子 高知 |
近くあらば吾が住みたしと思いつつ廃るる祖父の家を後にす |
体調のよき日々過しながらにもひそかにある再発転移の不安 |
病院までの運転はいまだ控えおり心疾患の副作用案じ |
切れ切れの眠りに体調整わず暑さに向かう不安を抱く |
上松 菊子 西宮 |
朝からの激しき雨にタイミング計るうち古紙の回収車過ぐ |
人事と思うインフル周辺に及びて集会中止の知らせ |
茂りたる庭木の下枝カットせり空き巣多発に備えるつもり |
試みに指にて点字に触れて知る微細な突起なぞる努力を |
9月号 作品より (50音順) |
岡部 友泰 大阪 |
白内障の術後は明るき視野なればあまつひかりに藤の色濃し |
フェルメールの蒼きターバンの少女像何見つむるか横向く眼差 |
奥野 昭広 神戸 |
子の一家転居をすると妻の行く役にたたない吾は留守番 |
留守居して溜まれるゴミを出し終えぬ今朝は山並み緑を増しぬ |
奥村 道子 弥富 |
早世の父を定かに知らざりし弟を思う並べる墓に |
高校生汝は駅にて残業の吾の帰りを待ちいてくれき |
遠田 寛 大阪 |
坂の道門前町の四軒に一軒は占いの店ある不思議 |
少年の頃を思える幾つかに漱ぐ朝のあふれる筧 |
笠井 千枝 伊勢 |
山を背に寄り合う家の昼を閉ざし軒先いっぱい網を干したり |
若葉する朴の葉幾枚摘みてきて今宵の鮭のムニエルに敷く |
梶野 靖子 大阪 |
庭の木々重なり茂る雨上り少しの風に雫を散らす |
いつよりか衣類リフォームと変りたる隣家の看板われは喜ぶ |
角野 千恵 神戸 |
年ごとに花の数ますオオヤマレンゲ一人の庭に植えて十年 |
セーラー服着て通いたる口縄坂今日用ありて娘とあゆむ |
川中 徳昭 宮崎 |
朝は朝夕べは夕べの空の彩映す峡田の水守りゆく |
水足らず悶着ありしも雨降りて田植え終れば共に労う |
葛原 郁子 名張 |
ねじれたる儘のすがたに立ち枯るる捩摺草に夏越しの風よ |
綴りごとに自ずと徳 の積まるると御針はじめに先ず繕いと |
尼子 勝義 赤穂 |
放課後の黒板に残る数式を吾も解きつつ机を整う |
それぞれの立場を守る発言に終始し会議は二時間を経つ |
安西 廣子 大阪 |
よびすてにわが名を今に呼びくれる三人の兄の永らうる幸 |
秋の山に木の実を拾いつつ思うわが範疇はサル科ヒト目 |
井上 満智子 大阪 |
口数の多くはあらぬ店の主値を引けば買う伊賀焼きの壷 |
梅雨晴れの眩しき空に高々とボール蹴り上げ子等の遊べる |
戎井 秀 高知 |
MRIに写れる吾の脊椎二番圧迫骨折せりと告げらる |
焙じたる新茶を仏壇にまず供う八十八夜を母に語りて |
大杉 愛子 美作 |
ポストなき山村なればその時刻椅子にもたれて郵便車待つ |
ほととぎすしきりに鳴ける昼下がりおもわぬ兄の訃報到りぬ |
奥嶋 和子 大阪 |
自分用梅酒作るとスーパに一式買いて夫は漬け込む |
音のして覗く川渕に土色の大きな鯉が群がりている |
珍しく息子よりメール届きたり一月前に転居をせしと |
春名 重信 高槻 |
高麗の刷毛目茶碗は鎮もれり鈍き明りのガラスケースに |
宋代の白磁青磁の盤二つ展示せる前手に取り見たし |
増田 照美 神戸 |
雨の降る午後をひととき関雪の筆の巧みを眺めて過ごす |
関雪の老いたる猿は憩うなり飛び立つごとき枯れ木に乗りて |
松田 徳子 生駒 |
緑濃き直哉旧居の樹に白き森青蛙の卵たれたり |
宅地化に山を追われた蝙蝠か家並の空を宵々に飛ぶ |
安井 忠子 四條畷 |
改修をすすめる家あり庭に家具犬も出されて日ねもす吠える |
滅びたる大内一族郎党の墓は毀たれひとつ所に |
山口 聡子 神戸 |
趣味をもち多くの友とまじらいて九十台を母は楽しむ |
長年の事業をたたみたる友の思いの外に明るい笑顔 |
吉岡 浩子 堺 |
おおははが薬用とせしドクダミを庭にわが抜く雑草として |
思うさま洗濯日和を励みたりつゆ入りおそきを幸いとして |