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| 選 者 の 歌 |
| 桑岡 孝全 大阪 |
| 現実主義の可能性拡大という歌論逝きまして顧みる人のなし |
| 土本一族この夜外食と決定にいたるてんまつケイタイ交信 |
| 西のかた甲子園はいま雷雨といういずれ到るやわが窓のかぜ |
| わが大阪と那覇と三十三度というあすの予報は楽しくもなし |
| スーパーにゆきて涼むという兄に来向かう夏や八十六歳 |
| Das Kapital 1867 ふたたびをわがいどむには余りに老けぬ |
| サルスベリ二本の花にあさかげのさすを見てゆく七月尽日 |
| 10月号 作品より |
| 井戸 四郎 大阪 |
| 商店街外れの駅に乗り降りの人無く電車が警笛鳴らす |
| 朝の日の差す御堂筋の向かい側通勤の人か足早に見ゆ |
| 見上げたる空のまばゆく懸命に坂を登るとペダルを踏みぬ |
| 胡蝶蘭の三四枚の葉を吝む日々いびつなる花の開きぬ |
| ようやくに花茎伸びたる胡蝶蘭昼の光に小さき花咲く |
| 午後遅く日の差して来る空模様アーケイド街に風の通りぬ |
| 昼の日の影持たず照る浄水場ゆるゆるとわがペダル踏みゆく |
| 土本 綾子 西宮 |
| 同じ構えおなじ間取りの六戸なりし半世紀経てかたちそれぞれ |
| 継ぎ足して二階家となり庭木々の伸び立つ中に人は古りたり |
| ミニ開発進みて六戸が十戸となる半世紀余の町のうつろい |
| 来る度に庭草を取りてくれし母あれは何歳の頃までなりし |
| 話題乏しきわれは常に聞き役にて友らの会話の外に楽しむ |
| 湧 水 原 (34) |
| 奥嶋 和子 (姉病む) |
| 何ヶ月の命と解らぬままながら姉は身辺整理始むと |
| 子を持たぬ一人娘の末を頼むと入院先より電話してくる |
| 鍵ふたつ開けて主の居ぬ部屋の窓開け放ち空気入れ換う |
| 副作用少し治まる時期にして姉は機嫌よく吾らと語る |
| 川口 郁子 (雨の午前三時) |
| 清められ年を迎うる玄関先の打水踏みて朝刊配る |
| 暗闇に香り漂う沈丁花配達の足止め深呼吸する |
| 雨風の音さえ耳に心地よき休刊日は至福の朝寝坊 |
| ボロ靴と雨風滲みたジャンパーもみんな捨てよう仕事を去る日 |
| 小泉 和子 (過去 現在) |
| ととのえし朝餉の味噌汁母親の味と異なるを夫の言いにき |
| 何時しかに咲くべくなれる蕗の薹亡き夫の知らぬ庭の一隅 |
| 病みながら老いゆく日々の食細く仏飯おろし粥にするなり |
| 電柱にしばらくもたれ息を吐く白く照る道帰りゆくなり |
| 長谷川 令子 (近江 ・ 吉野) |
| 枯葉覆う穴暗くして石組みは渡来の人を葬りにし跡 |
| 大津京に渡来人らの勤みしか錦織(にしこおり)なる 地名残れり |
| 雲の間のかぎろい初めて湖面には一条の朱今し日の出づ |
| うす暗き土間の奥より聞えくる楮打つ音和紙漉く水音(みおと) |
| 春名 重信 (再会以後) |
| 出で入りの敷居を跨ぎなつかしむ匂う三和土の黒光りして |
| 幼吾に飴をふふませ下されし春名の祖母のみ姿うかぶ |
| 煤けたる仏間に仰ぐ御先祖の写れる額の三人を覚ゆ |
| 足もとの確かにいますを喜びて一馬翁と一つ傘にいる |
| 春名 久子 (北陸の海) |
| 杉の木の走り根おおう苔のうえ小さき花咲く加賀の那谷寺(なたでら) |
| いしみちに足いましめる見下ろしの北陸の海くらく荒れたり |
| 野の花を床にいけたる魯山人の寓居跡にて心おちつく |
| 路地奥の門口の狭き店にして夫の好みし加賀麩をえらぶ |
| 増田 照美 (カナダ) |
| 海に生くる人らの祈る聖堂にミニチュアの船あまた吊るさる |
| 仰ぎ見るカスケード山切岸を落つる滝あり凍結したり |
| ロッキーに気温上昇の兆しあり鴉(クロウ)氷河の足一つ消ゆ |
| 風受くる側の枝みな失いてフラッグツリー雪中に立つ |
| 松内 喜代子 (焼山寺山の影に) |
| 受話器とる手の不自由をわが知りて君へのコール長く待ちたり |
| ハンセン病啓発の会に招かるる多くて君は明るくなりぬ |
| 欠けし指に鉛筆括り書く文字に吾の馴染みて長き年月 |
| 車輪梅の白際やかに咲く園の雨あとの道空気澄みたり |
| 森口 文子 (中国チベット自治区) |
| 大地震ありて潰えし村の道雪降る中を人の繕う |
| 山の霧にわかに湧きくる傾斜地にヤクとヤギの仔まじるひと群 |
| 倒れ木は倒れしままに水中に朽つるなく見ゆ水清ければ |
| 山に住むチベット族に水葬のならわしありて魚食べぬらし |
| 山口 克昭 (転 籍) |
| スーパの切干大根にわが村の茅屋軒端の日向のにおい |
| 分校へ通いし道の切通し尾根に僅かの窪みと見えて |
| 家跡の水場は涸れてまむし草木洩れ日さして伸び立ちにけり |
| 出身地欄に何処を記すべき巡り住みきて吾子の戸惑う |
| 吉年 知佐子 (春逝きし母) |
| 臨終の母のひと夜に付き添いし兄八十の齢を越えて |
| 八年をホームに過ごす母なりき百四歳にて春の日を逝く |
| 長生きせる母の葬儀に集いたるはらからいとこ皆老いづきぬ |
| 筆談して先ず書くわが名喜びし母なり双方手を握り合い |
| 10月号各欄 順次 50音順 |
| 忽那 哲 松山 |
| 溝の泥浚いて草とり隣人の心繋ぎて清掃終わる |
| 年金に間違いはないかと問われても計算方法を知らぬ吾なり |
| 許斐 眞智子 徳島 |
| 反故の中に義父の船員手帳ありぬ南米渡航を記す印あり |
| 雨の降る裏山を夫は歩きおりイノシシが増え荒れ行く山を |
| 坂本 登希夫 高知 |
| 土地売りて思いがけなし税税税保険保険の額に驚く |
| 子に任しし稲を病院で案じ居しが一斉の出穂を褒めてやりたし |
| 白杉 みすき 大阪 |
| さわさわと秋蚕が桑を食む音をききて眠りき父の生家に |
| 父の里に長く過して桑の葉を共に摘みにし従妹世になし |
| 菅原 美代 高石 |
| 老ゆるとは如何なるか知らぬ誤算あり文学全集の文字の小さき |
| 忘るるを恐れつつ今日も生きている忘れてはならぬ事に囲まれて |
| 田坂 初代 新居浜 |
| 二歳にて母に逝かれて弟はわが手に育ちおふくろと呼ぶ |
| 倒産の噂ききつつ頑張りていよいよ今年百周年なり |
| 高島 康貴 阿波 |
| 七年の前に変わらず芝生広くクローバーの咲く灯台岬 |
| 海縁の岩壁の上に青々と奇跡の如き青田そよげり |
| 高間 宏治 小金井 |
| 死者の魂夜の恐山に集まるとこの荒涼の景色怖ろし |
| 火山ガスに花枯れやすく水子地蔵の回りに供えし風車の群れ |
| 小倉 美沙子 堺 |
| すがるべきものを感触に探り当てゴーヤは伸びる日々貪欲に |
| マンションに移る覚悟のつかぬ夫の諾う緑と風鈴の音 |
| 奥村 広子 池田 |
| 蛍の巣を笹の茂みに見出でたり所々を刈り残しゆく |
| 夜遅く疲れて帰る末の子は早朝目ざめ湯を浴びている |
| 川田 篤子 大阪 |
| 海風の心地よき丘オリーブの実の艶やかに育ちゆく時 |
| 海に向く古き屋敷の軒の巣に燕の子五羽口あけ並ぶ |
| 造船所寂れて残る港町若きら集いヨット出で入る |
| 金田 一夫 境 |
| 早苗田に生うる浮藻をふく風の見えつつ一つ糸トンボゆく |
| 見失い心にかけしキャッシュカード車掃除に隙間に見いづ |
| 小深田 和弘 美作 |
| 西瓜畑に防鳥ネットを妻と張る呼吸が合わず声を荒らげて |
| 菜園に荒びたる水残りいて数多のメロンが悪臭放つ |
| 佐藤 健治 池田 |
| 憲兵の突如きたりて朝鮮の出身学生拉致されし記憶 |
| 理科系の学徒兵役延期さる動員されて日立工場へ |
| 岡 照子 神戸 |
| カード手に体操に集う学童に大人の混じる苑の賑わい |
| 常日頃人気なき部屋のベランダにいつしか鳩の居着きておりぬ |
| 川口 郁子 堺 |
| 麦麹届く時間を差し引きて夜を起きいでて大豆を漬けぬ |
| 天保の飢餓に錦絵禁止令鴻山の庇護に北斎小布施へ |
| 神原 伸子 堺 |
| 二晩を蚊遣りの煙くゆらせてやがて退治すアブラムシの群 |
| 被爆せし人等の霊か流灯は川面に万の光をゆらす |
| 久保 和子 西宮 |
| 老い一人ホースを持ちてたんねんに夕べの園に潅水をする |
| 江ノ電の駅のベンチに腰をかけ凪ぎたる海を友と見ていし |
| 阪下 澄子 堺 |
| 凌霄花手にふれ姑は薔薇という車椅子にて巡れる庭に |
| 子蟷螂帽子に乗せて夫帰る散歩の道は夏草の中 |