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選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 大阪 |
犇きてなだりをおおうたかむらが三たびあらわる登山電車に |
深谷のおくつきどころ秋日さしたちまち妻をおそう蟆子あり |
まいらする燭に移さん火を土に低く燃すなり妻ときたりて |
たびまねく来がたき山に古り妻は閼伽を参らす七つの石に |
いりくめる経緯のありて弟の名を彫(え)る石はこの谷になし |
かってせし話まじるか一列(ひとつら)の石をそれぞれ妻に説きつつ |
無き母の気にしたりしが俗名を妻とおなじくする石ひとつ |
12月号 高 槻 集 |
坂本 登希夫 高知 |
最高齢の賞を受くるに思うなり戦死せし年上の多くの友を |
膝ベルト着けつつ思う六年の戦場で這いずりし日多かりしを |
足衰え休耕と決めし米作り小学児より手伝いにきしが |
隣田は黄金色に稔りたり草覆うわが田に吐息す |
彼岸花見つつ思うは自動車で逝きし十八歳の孫娘 |
菅原 美代 高石 |
亡き人は夢にも出でず知らぬ間に見放されたる吾かも知れず |
店を半ば閉ざせる書店声だけは元気に雑誌届けてくれる |
何年もわれの育てるヨーグルト居心地よきかわれのかたえが |
旋盤に噛まれてのちに生えし爪いびつのままにいつか見慣れて |
われながら嘘のようなる年を生きなお楽しみの待つ心地する |
佐藤 千惠子 神戸 |
術後一月眠りつづくる汝が頬を試みに打つもしや醒めぬか |
眠りより覚めざる汝を車椅子に乗せて押しゆく病院の廊 |
固まれる手足をわれの両手にて摩ってやりぬ今日の看取りに |
無意識にチューブを払う汝の手をミトンに固めて看取りを終える |
診察を受けてその足で来るという姉のお泊りグッズ日に当つ |
12月号 作品から |
井戸 四郎 大阪 |
大声の猪股さんが先に立つかっての秋の遠足恋し |
同い年の猪股さんの葬儀にもえ行かず仏壇に灯明をあぐ |
高松塚の前にてキトラの由来小さき部落のキタウラと言う |
鳴き渡るほととぎすこの日頃聞くことすくなくひそかに嘆く |
同い年の殊に親しき一人の友この夏過ぎてみまかりゆきぬ |
それ以来吾が健やかに日々過ぎて今日は汗して自転車を漕ぐ |
耳殊に疎きこの頃パソコンの画面に朝から独り向かいぬ |
土本 綾子 西宮 |
よみがえり賑わう三宮センター街娘に伴われ靴買いにゆく |
角の花屋昔のままにあるを見るかの地震より十五年経て |
とりどりの花を閉じ込むる氷柱のいくつか立ちて人を寄らしむ |
雨もよいの夕べ接骨院の前もみじマークの車がならぶ |
介護認定受くるか否かの検診を断りていくらか若きつもりに |
買物を終るまでに思い出ださんかいま挨拶をせし人の名を |
追い越され追い越され歩む道端につゆ草の藍ふかき一花 |
以下 前月号に続き 順次掲載 |
春名 一馬 美作 |
偉丈夫の君頚椎を打ちてより二年を苦しみ今日のみ葬り |
長臥のベッドに初の曾孫抱き相好崩しし姿もまぼろし |
春名 久子 枚方 |
父母ありて夫すこやかにふるさとの栗を拾いし一日のありき |
戦傷者無料切符のとどきたり亡き夫あてのうすき封筒 |
藤田 政治 大阪 |
造るよりつぶす仕事の多くなりぬと自嘲するわが家の庭師 |
歳の故で済むものならず今日もまた探しあぐねて一日をつぶす |
堀 康子 網走 |
作業所の賄い手伝い笑顔見す外出許可得て病院より来ぬ |
三百余の議席得し新政府なれど時給八十円のわが作業所よ |
松内 喜代子 藤井寺 |
舅姑の遺しくれにし田に今日は子ら住む家の棟上をする |
葡萄好きの幼が描く一房にたくさんの粒紙を埋めて |
松浦 篤男 高松 |
小豆島の峯見え初めて夏過ぐか八十三歳の不具の身耐えて |
患者絶え十年先は閉ざす園の新築の槌音の空しき |
松野 万佐子 大阪 |
油桐のみかんほどなる青き実をつつけば白き乾性油いづ |
ひこばえのすでに伸びたる田圃あり彼岸の入りのみ墓への道 |
松本 安子 美作 |
朝庭にみんみん蝉の鳴きており心急かされ地下足袋をはく |
芽のいづる白菜に如露の水を遣れば蜘蛛の子が散り蟋蟀がとぶ |
中原 澄子 泉佐野 |
はいはいと吾の意見に応うる夫は平和主義者と最近気付く |
子ではなく犬が窓より顔を出す少子化進む日本の行方 |
名手 知代 大阪 |
なつかしきラムネの栓を抜く音に児らの群がる夜店を覗く |
二拍子の規則正しき靴音が午前六時に今日も過ぎ行く |
林 春子 神戸 |
切りたまう枝をかかえて帰り来ぬ名はハナセンナ夜は葉を閉ず |
五十歳をはるかに越えて今かこつ五十肩なる痛みのながき |
樋口 孝栄 京都 |
束の間に更地となれる君の家エノコログサが一面に生う |
吾が子らと遊びくれにし君は亡く泰山木も茱萸も抜かれぬ |
平岡 敏江 高知 |
文旦の満開の花に寄る蜂のなくて今年は実のならぬとぞ |
刈り取れる稲穂をフェンスに干すところスズメが群らがり来たり啄む |
藤田 操 堺 |
庭のある家に住まわば一番に露草植えんと言いいたる友 |
亡き友の語れる声の残りたるテープ未だに聞くをためらう |
安田 恵美 堺 |
豪商の船荷はここより積まれしか堀の石段往時のままに |
夏草の刈られて木下ひろびろと風吹く苑に法師蝉鳴く |
増田 照美 神戸 |
わが生れし里はこの年初盆のあまたの精霊舟を出だしぬ |
幼くて逝かしめし子を画家は描く背後の闇に蝶ひとつ入れ |
松田 徳子 生駒 |
千体の石の御仏並ぶ庭あまた桔梗の咲くべくなりぬ |
草刈機使いて整地されし原風に吹かるる秋草のなし |
安井 忠子 四條畷 |
その講義常は楽しき先生がある日語りし被爆体験 |
丈夫すぎるはよき友ならずと兼好書く夫は誠に健やかにして |
山口 聰子 神戸 |
食前にワイン飲むこと何時からか習いとなりて今宵も夫と |
ヨーロッパの旅に求めしグラスにて注ぐワインの鮮やかに見ゆ |
吉岡 浩子 堺 |
おのずから汚れまとえるびいどろの風鈴はずす夕まぐれなり |
酷使せるあかしは電池切れにあり外観たもつ吾が電子辞書 |