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| 選 者 の 歌 |
| 桑岡 孝全 大阪 |
| 甲浦歌会を統(す)ぶる九十五歳坂本氏いまにたきぎを割りて |
| たおやかなる君たち原発廃棄物を町に入れじと奮闘せし日 |
| 核のごみ拒みてかつぎあげられし町長さんも来ませるうたげ |
| こよい宿る土佐東洋町町営ホテルの真上に照るは十三夜なる |
| 土佐を走る二日バスより時に見えて心ひく一人歩きの巡礼 |
| 春名翁自己紹介はああからくも生き延びたりし中支戦線 |
| こんじょうの別れであろう旅を終えて帰る車中に嬌声きこゆ |
| 1月号 高 槻 集 |
| 安藤 治子 堺 |
| 台風の過ぎたる朝見回りて鉢草に藤の豆にもの言う |
| 寄せ植えの公孫樹は太根見ゆるまで吹き倒されて蘇るなし |
| 夫の形見一つずつ失いゆく中に手馴れしトラムプも揃わずなりぬ |
| 朝食のあとトラムプを手にするは今日の視力を確かめんため |
| 朱のペンもて斜めに吾が歌を消しましきまざまざとして今朝方の夢 |
| 試歩の道に成れる黄金のカリンの実携えサナトリュウムを君の去りたり |
| 健康者を微かに憎むと言いし君その暗黒を吾の怖れき |
| 土本 綾子 西宮 |
| 病院のベッドに覚めて今しがた夢に会いたる亡き友を思う |
| 石畳ふみゆく歩幅ようやくに戻りて吾の癒えゆくらしも |
| 風邪ひくな転ぶな外出にはマスク主治医の言葉いつも変わらず |
| 聞き取れぬ言葉は敢えて確かめずあいまいに答えて終る明け暮れ |
| 夏の花過ぎ行く中に吊鉢のストレプトカーパスの緑いきおう |
| 久々にみどり児を抱けば手に胸によみがえりくる感覚のあり |
| 孫のため吾の縫いたるワンピース三十年経てひい孫の着る |
| 松浦 篤男 高松 |
| 茅葺の家が台風にきしめるに父母に縋りて怯えたりしよ |
| 台風の過ぐるを待てず出穂期の稲田見巡り飢えし戦時下 |
| 被害なく台風過ぎて松落葉踏む跂行かるし空青き下 |
| 小豆島近く見えつつ深む秋老のみの園に日の経る早く |
| 天然の隔離塀たりし海峡の秋日に青し癩は滅びて |
| 酷な癩隔離の償いを存うるわれらが受けて不足なき日々 |
| 生活苦の自殺続くが聞こえくる国費にいのち生かさるる身に |
| 平成21年度 年間優秀作者 安西 廣子 作品 |
| 浅井 小百合 選 |
| いつもよりタイム設定控え目にレーズンパンはすぐこげますよ |
| 次々に花を移らん習性か蜂はとまりて羽根をたたまず |
| 秋の山に木の実を拾いつつわが範疇はサル目ヒト科 |
| 遠田 寛 選 |
| すんなりと眉の形の整いぬ今日は明るきひと日となるや |
| 洗車する水のしぶきは日を受けて輝きいたり春近づきぬ |
| 秋の山に木の実を拾いつつ思うわが範疇はサル目ヒト科 |
| 高間 宏治 選 |
| 母吾の来ぬ運動会をさびしとは聞かざるままに子ら育ちたり |
| 洗車する水のしぶきは日を受けて輝きいたり春近づきぬ |
| いとけなき声に対話す絵本の中すべてのものは言葉をもちて |
| 平成21年度 推奨問題作賞 安井 忠子 作品 |
| 残生の限り過去形で言う吾かあの子は手先器用であった |
| 平成21年3月号所載 |
| 鬱再発何を悩むと人の問う生きるは我の大事業にして |
| 平成20年11月 |
| 白髪にならば赤青黄に染めん一度は埒をこえて生きたし |
| 平成21年4月 |
| 生れし日と同じく雪が舞い落ちる供え参らすケーキ求めぬ |
| 6月 |
| 夫は次男我らの過去帳いの一にしたためられぬ先立ちし子の |
| 8月 |
| 平成21年度 湧 水 原 賞 小泉 和子 作品 |
| 「 奥津城」 「ペースを保ちて」 「過去現在」 |
| 選考委員 桑岡孝全 伊藤千恵子 岡田公代 藤田政治 |
| ( 奥津城 ) 2月号 |
| 線香が形のままに灰になる風少しある今日の奥津城 |
| み祖たちここにしずまる霊園に趺坐して大き仏のいます |
| まいらせる水に濡れたる石のうえ何の穂絮か力なく落つ |
| 生計のくるしき頃を一人来てみ祖の墓に心遣らいき |
| 今ここに累代の墓毀ちゆく罪の深きをひとり思えり |
| わがあとに花まいらする者のなく廃るる墓を思うしばらく |
| 播磨の海遠くに見ゆる霊園に心をのこし妹と去る |
| 納めたる父母のみ骨の仏像に造立されるは九年のあと |
| 父母の御骨預くる寺の庭の木々のあわいに通天閣みゆ |
| 時折に父に逆らう母なりき氏を継ぐべき養女たりにし |
| 病む長き父を起して横丁の夜店の明り見せしが最後 |
| 空爆に焼くる家には相伝の毘沙門天の青き火立ちき |
| 遣り水に露のしたたる花びらの淡紅色に大きく開く |
| 雷をともなえる雨遠退きて夜の深みに蟋蟀のなく |
| 葉枯れせる紫陽花を渡る風見えて雷雨のあとの涼しくなれり |
| 暑さのこる予報の朝を側溝の蓋の隙より露草の青 |
| 汗あゆる顔を洗いて夏の日の外出の疲れややに癒えたり |
| 車避け寄りたる木陰わが髪にさやる風あり法師蝉なく |
| 呼ぶ声に応えていたる鵯の去りたるあとの夕べしずもる |
| (ペースを保ちて) 6月号 |
| 日の暮れに吾の降りたつ駅の向こう鈍色をせる湖のひろがる |
| 今宵きたる湖の空のはかりがたく恐ろしきまで星のひかれる |
| すこやかな歩みの夫と連れ立ちし湖北の桜いま紅葉の季 |
| 湖渡る荷物を塩津に集めしを記事に知るのみ今はさびれて |
| みずうみに沿うペンションのみな閉ざし秋草たかく生い茂りたり |
| 仰臥せるわれにひびかう音高く角度さまざまに病巣さぐらる |
| あざやかに全身の骨の写されて左胸椎に病巣の転移 |
| 転移告知うけて戸惑い歩む道欅はことごとく葉をおとしたり |
| 冷えゆえの痛みと軽く耐えていて長く癒えざる矢先の告知 |
| 他所ごとのように聞く医師の診断を考え見るにむごき事なり |
| 日を重ねうける治療に体調の下降しゆきて意気地なくいる |
| 治療後の体のさらに痛みまし倦みて心の動かざる日々 |
| おとなうと言うを拒めりなんとなく治療の後の気だるき午後を |
| 違和感は払いがたきにしばらくは一人の生活のペースを保つ |
| こもごもの思いを消して眠りゆかん一人の闇にショパンを聴きて |
| 雪被く大き富士山まむかいにそびゆる道を送られ帰る |
| また来ん時恃めぬわれにいつまでも搭乗口に汝の手をふる |
| (過去 現在) 10月号 |
| ととのえし朝餉の味噌汁母親の味と異なるを夫の言いにき |
| やわらかに髪に触れたるものは何明け方覚めてたゆき一とき |
| われ一人迎うる結婚記念日に庭のフリージア供えまいらす |
| 何時しかに咲くべくなれる蕗の薹亡き夫の知らぬ庭の一隅 |
| 空襲に家失いし壮年の父の拾いし降伏の勧告 |
| 病みながら老いゆく日々の食細く仏飯おろし粥にするなり |
| 西日あつき卯月はじめの列車内老いには寒き冷房の入る |
| 河口遠く潮うごかざる中を行く水上バスに一刻すごす |
| 雨すぎて暗き河岸羽に首うずめて立てる鳥の名しらず |
| 護岸古り鉄筋あらわな幾ところ溢水の日をおもわしめつつ |
| 点滴と抗生剤の効能に癒えて朝餉の米を研ぐなり |
| 恙もつわれを気づかい奥嶋さん今日は車に送りくださる |
| 電柱にしばらくもたれ息を吐く白く照る道帰りゆくなり |
| 在りし日に夫の馴染みし床屋の前居るはずなきに覗きてみたり |
| 夜半覚めて湿布をとりに行くわれの縋れる杖のにぶき音のす |
| 花をもつ沙羅の木下の地蔵尊笑まい給うに水をまいらす |