平成22年4月号より

 

            選     

 

     桑岡     孝全          大阪

年賀状がくるであろうか安否ただすのを逡巡する老友一人
tumaを夫と辞書登録すあたらしき年の投稿歌を印字せん
白内障術後予告のさわり生じてわが町日々に冬がすみなす
術後欠かすなき目薬をさして暫く黙祷に似る姿勢している
失明を苦に自死をせしそのかみの故里びとをおもうおりふし
今かけていたる眼鏡を紛失す世の老いびとのみなこうなのか
ついの日の耳にもかかる音あるを願う無伴奏フルートソナタ
                高  槻  集
 
安藤     治子          堺
ダイヤルを回して友の声を待つ喜びはもう無いというのか
長き電話は歌に終始して倦まざりき互みに持てる愁いには触れず
B29の爆音を知れる世代にて祖国のことも熱く語りき
何時の頃髪はま白になりまししその白髪に親しみし日月
視力乏しき我にも見紛うなき体躯たのみしことも今は果敢なく
池上さんのテープと記せるケースあり君が親切の証の如く
好みましし物供えんに食いものの話など君とせし記憶なし
松浦     篤男          高松
浜の松とよもす風強く船停る孤島の療園冬のきびしき
乾きたる庭の山茶花紅冴えて老いのみの園にまた年が逝く
強風に松しなる音しるくたち動くものなし老のみの園
国費なる療園ありて不具の身の八十三歳無事年を越す
終の病者われら不足なく生かされて癩は滅びぬ世は進みつつ
幼児罹患の不治の病も癒ゆる世に遇いて八十路を恙無く生く
雑煮祝う箸をとめたりわが癩ゆえ早く逝きにし父母の顕ちきて
川田     篤子          大阪
休日を閉ざす母校を背景に古希なるわれら写真を撮りぬ
同窓会終わり泊まれるビジネスホテル我ら幾人実家の絶えて
葉たばこに栄えし商家人住まず見越しの松が板垣覆う
商うほど赤字の増ゆとふるさとの老舗の鮨屋ついに閉ざしぬ
ふるさと発最終便のバスの中山のみやげの柚子の香に立つ
山畑の秋の種蒔き終えたりや賜れる柚子厨に香る
うす紅の八重の花なる四季桜冬の最中を時かけて咲く
       推奨問題作   (22年2月号)      編集部選
                現実主義短歌の可能性拡大をめざして 
白杉       みすき
駆虫剤燻す九十分ほどをるるるコールのスイッチを切る
南部       敏子
降りつづく雨の夕暮れ吾が畝の菊菜の双葉が押し合っている
長谷川    令子
展望台と見紛う津波避難所を大きく建つる此処甲浦
春名       久子
物言わぬまま十年を臥す君に添う新しき病あるらし
松内       喜代子
影踏みの影消えたるを動き早き雲のせいだと孫は知らない
松浦       篤男
読まぬ書物机辺にたまり空腹を充たすのみ妻の亡き日々が過ぐ
森田       八千代
思いきや農に疎き吾一人残り農用地利用の計画書かく
岩谷       眞理子
父の余命宣告されし病院に我も告知を受けたるえにし
坂本       芳子
祖父の引く荷車に乗り目つむればしりぞく如き錯覚ありき
沢田       睦子
盛岡に釜の鋳型をけんめいに彫る若者は三代目なり

 

 

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