平成22年5月号より

 

            選     

 

     桑岡     孝全          大阪

おのずからわれのよわいは傾きて初見の戯曲を読む根気なし
うんと憩わば気力が恢復するごとき錯覚ありて七十六歳
老俳優死して知るよわい吾に同じと呟くこえに妻とりあわず
教室終えて帰る地下街いまは亡き小川千枝さん教示の道順
家族葬いとなむ家を知りたれば今日をつつしむわれら二十戸
岸田劉生えがく切り通しの風景をあゆみいにけり午睡の夢に
菓子パンばかり食いて懈(たゆ)かりし少年時を卒業生告白す今更
                高  槻  集
 
安井     忠子               四條畷
大阪市内いま雪という山ぞいのわが町晴れて青空の見ゆ
意見する子に怒りつつ感服をして我は今親バカの顔
高齢化社会を呪う未成年の声を直接今日は耳にす
たちこめる霧の深きを外灯のめぐりに見やる冬の夜の更け
人ごみに子の名を呼べり憮然として我より背丈高きが来たり
種の飛びここに根づくや桜草コンクリートの土手一塊の土に
命日を無事勤むるを我が心いつしか年の区切りとなせり
安田     恵美               堺
子ら去りて今日より常にもどるべき一月四日の朝を灯しぬ
鴉と鵯に町を追はれた雀らが冬田を見はらす電線にいる
開きたるドアのむこうより白杖の人を迎うる駅員のこえ
気象図に等圧線の緩むなし列島おして寒気いすわる
なき叔父の携帯用の目覚ましが忌明けを集う部屋に鳴り出づ
主亡く正午を告ぐる目覚ましの電池が抜かる七七日の今日
営業に廻る若きへいたずらにわが煮るカレーの匂いておらん
吉岡     浩子               堺
待時間長きに驚く客のありわが常に行く乗換駅に
高き枝の蕾に紅のきざせるをこの日気付きぬ青空の下
行く先の確とありやと思うまで霧濃き中へ列車去りゆく
丈高き橋脚のみがうっすらと霧に浮びて車窓をすぎぬ
新しき住宅群は霧の中黄の瓦のみわずか目に立つ
常になくいさかいしたる帰り道父の言い分齝みている
電動の自転車にても息あがる長く暮せる坂多き町
       推奨問題作   (22年3月号)      編集部選
                現実主義短歌の可能性拡大をめざして 
大杉     愛子
山間に生くる六十年獣たちよあといくばくを共存でいこう
坂本     登希夫
同期召集の三名が戦死腰椎不具の曹長となってわれは生還
末端血管収縮で足の痺れたる九十六歳湯たんぽ入れる
佐藤     千惠子
野犬よりわが身を守るクラブ持ち来たりて畝の菊菜を摘みぬ
沢田     睦子
この年も喪中のハガキ書いている心無にして懸命に書く
鶴亀     佐知子
これ以後の賀状は視力落ちたれば欠礼しますと夫の書き添う
松浦     篤男
城山みて思いはかえる血筋みな不幸にする癩告げられし日に
癩の身などままよと空襲警報に逃げざりし道六十四年ぶり
山内     郁子
亡き父の叱声を背に感じつつ欠かすことなく御堂を浄む
吉岡     浩子
わが祖は徴せられしか古墳群めぐりて思う労力の嵩

 

 

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