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選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 大阪 |
おのずからわれのよわいは傾きて初見の戯曲を読む根気なし |
うんと憩わば気力が恢復するごとき錯覚ありて七十六歳 |
老俳優死して知るよわい吾に同じと呟くこえに妻とりあわず |
教室終えて帰る地下街いまは亡き小川千枝さん教示の道順 |
家族葬いとなむ家を知りたれば今日をつつしむわれら二十戸 |
岸田劉生えがく切り通しの風景をあゆみいにけり午睡の夢に |
菓子パンばかり食いて懈(たゆ)かりし少年時を卒業生告白す今更 |
高 槻 集 |
安井 忠子 四條畷 |
大阪市内いま雪という山ぞいのわが町晴れて青空の見ゆ |
意見する子に怒りつつ感服をして我は今親バカの顔 |
高齢化社会を呪う未成年の声を直接今日は耳にす |
たちこめる霧の深きを外灯のめぐりに見やる冬の夜の更け |
人ごみに子の名を呼べり憮然として我より背丈高きが来たり |
種の飛びここに根づくや桜草コンクリートの土手一塊の土に |
命日を無事勤むるを我が心いつしか年の区切りとなせり |
安田 恵美 堺 |
子ら去りて今日より常にもどるべき一月四日の朝を灯しぬ |
鴉と鵯に町を追はれた雀らが冬田を見はらす電線にいる |
開きたるドアのむこうより白杖の人を迎うる駅員のこえ |
気象図に等圧線の緩むなし列島おして寒気いすわる |
なき叔父の携帯用の目覚ましが忌明けを集う部屋に鳴り出づ |
主亡く正午を告ぐる目覚ましの電池が抜かる七七日の今日 |
営業に廻る若きへいたずらにわが煮るカレーの匂いておらん |
吉岡 浩子 堺 |
待時間長きに驚く客のありわが常に行く乗換駅に |
高き枝の蕾に紅のきざせるをこの日気付きぬ青空の下 |
行く先の確とありやと思うまで霧濃き中へ列車去りゆく |
丈高き橋脚のみがうっすらと霧に浮びて車窓をすぎぬ |
新しき住宅群は霧の中黄の瓦のみわずか目に立つ |
常になくいさかいしたる帰り道父の言い分齝みている |
電動の自転車にても息あがる長く暮せる坂多き町 |
推奨問題作 (22年3月号) 編集部選 |
現実主義短歌の可能性拡大をめざして |
大杉 愛子 |
山間に生くる六十年獣たちよあといくばくを共存でいこう |
坂本 登希夫 |
同期召集の三名が戦死腰椎不具の曹長となってわれは生還 |
末端血管収縮で足の痺れたる九十六歳湯たんぽ入れる |
佐藤 千惠子 |
野犬よりわが身を守るクラブ持ち来たりて畝の菊菜を摘みぬ |
沢田 睦子 |
この年も喪中のハガキ書いている心無にして懸命に書く |
鶴亀 佐知子 |
これ以後の賀状は視力落ちたれば欠礼しますと夫の書き添う |
松浦 篤男 |
城山みて思いはかえる血筋みな不幸にする癩告げられし日に |
癩の身などままよと空襲警報に逃げざりし道六十四年ぶり |
山内 郁子 |
亡き父の叱声を背に感じつつ欠かすことなく御堂を浄む |
吉岡 浩子 |
わが祖は徴せられしか古墳群めぐりて思う労力の嵩 |