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選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 |
ふるさとの春日に歩む外套をくしゃくしゃにして鞄に入れて |
小学同期のタジマくんこたび高野山第五百十一世法印猊下 |
ああむやみに道をひろげて鳥の声とぼしくなれる故里をゆく |
近江石田に出でし藤原朝臣三成の名乗りを奥山の経蔵に残す |
七十年版をかさねておもむき蒼枯活字大いなる般若心経 |
杉落葉赤く散り敷く奥津城をきよむるいとまなく今日は去る |
かばんからこぼるる小物二度までを教示さる老の一日の旅に |
湧 水 原 (36) |
桑岡 孝全 〈 ZOO 〉 |
動物園でも見て帰らんか日展に予想のごとく退屈をせり |
猛獣のたぐいだらりとながまれる弥生の園の昼さがりなる |
かこわれて園に死すべき禽獣を見ているヒトを吾は見ている |
物を食いおさなきものをいつくしむ人のあふるる春の獣園 |
甲高くワライカワセミ鳴きたててその名うべなう少年のこえ |
いささかのドグマをいわば日本産雉はまさしく日本のいろ |
性質遅鈍とりわきて視力覚束なき犀と聞きおよび眺めている |
ペンギン目を一括の目安飛翔不能が肝どころぞと檻に注記す |
流麗ともいわん拳措して水にありアシカはまこと悪声ながら |
近辺の道にしばしば耳にせるアシカの声をじかに聴く今日 |
フラミンゴ群れて立ちたり無機物めく長く直なる脚一つにて |
砂の上の飢渇をもはらしのぐべき身とつくられしこの四足獣 |
以下 伊藤 千恵子 選 |
長谷川 令子 〈 紅葉の頃 〉 |
聳え立つ石塔の基壇に刻まるる如来の像にコスモスの影 |
夕光に映ゆる紅葉の下蔭の冷えくる中に地蔵のおわす |
木々覆う中の小さき石仏は枯葉に埋められゆくところ |
筆あとに力強さと優しさをわが見る藤三娘楽毅論 |
トルコ石西アジアの琥珀ちりばめて唐の鏡の今に鮮やか |
茜色褪せて残れる裳に思う細かき襞をゆらしし歩み |
胡人らの宴や狩を生き生きと描く紫檀の琵琶艶やかに |
興じにし人らの声を聞くごとし象嵌細かき桑の木の碁盤 |
春名 重信 〈 追懐 〉 |
陸軍にてありにし父の軍服を夏の日当たる軒先に干す |
残さるる飛白のもんぺ日に干して母の名を付し土蔵に仕舞う |
軍帽を頭へのせて挙手の礼父の遺品に次兄のあそび |
敗戦を伏して聞き入る大人らの間末席に居きおぼろに覚ゆ |
七歳のわが背負いにしこの鞄縦に罅割る木肌の如し |
森本 順子 〈 芦屋の山 〉 |
何百回登りし山か我がいまだ知らぬ小径の数多くあり |
市街地を海をみおろし登りゆく山ももの実の少なき言いて |
物音に仰ぐなだりの木々の間を猪は思わぬ早さでかける |
西宮と芦屋を境う尾根下る夙川源流七曲り谷へ |
地震より水脈変わり宝泉水陽明水の枯れてしまいぬ |
山口 克昭 〈 秘儀 〉 |
霜枯野谷田にそいてぬかる途猪(しし)の足跡窯場に近し |
手本なく自ら作る土の猫狙う形が意志を持ちあり |
湯沸しと畳一枚設えて窯場の夜は全世界たり |
十年を経る松薪になお脂の吹きつつありて闇に匂えり |
青黒く窯場に迫る山の端にオリオン星座巡り来にけり |
温度計(メーター)をたよりに薪投げながら人の知超ゆる変化(へんげ)を念ず |
明け方の谷静まりて窯と吾ひととき呼吸相重なりぬ |
窯出しの伏目勝ちなる小仏にのこる温みをもろ手に包む |
推奨問題作 (22年4月号) 編集部選 |
現実主義短歌の可能性拡大をめざして |
川田 篤子 |
同窓会終わり泊まれるビジネスホテル我ら幾人実家の絶えて |
坂本 登希夫 |
千二百の英軍囲むに夜の沼沢を首まで浸りひそかに歩く |
満月の光をかくす雨季の雲沼沢歩き敵中を脱けつ |
坂本 芳子 |
地下足袋のまま空襲下岡山へ我を引取ると来にしおおはは |
永野 正子 |
乗り合わす終日女性専用車ブラインド下がりて護送さながら |
南部 敏子 |
爺さまがネットに守る枇杷の木をクレーン事もなく抜き倒す |
原田 清美 |
十五年続けて通う百二十粁医師信じ夫の支えに保つ両眼 |
林 春子 |
遠くからうねりのごとく吹く風に攫われそうな高層の夜 |
松内 喜代子 |
大家族の雑煮に入るる里芋の皮むきくれし舅を思う |
松浦 篤男 |
国費なる療園ありて不具の身の八十三歳無事年を越す |