平成22年9月号より

 

            選     

 

   桑岡     孝全

齢ふけて保護責任者遺棄致死というを知り口蹄疫殺処分を知る
紀伊山地の多湿を厭い移り住める大阪平野も雨季のただなか
雨季なればからだたゆしと何にても口実として怠っている
なみさるる家長近時の独語癖飛び立ちかねつ鳥にしあらねば
ななそじのこれもかなしみ幾冊か読み得ざるまで変色を遂ぐ
あたまから足まで紫外線遮断して妻の潅水手のくぼの庭
内視検査して疑いの晴れたりと夜の告白はうちつけにして
                 高   槻   集
安西       廣子               大阪
再びの家建つまでの日の恵み白詰草の路地に広がる
停車する路面電車に手を振りて幼は信号渡りゆきたり
鼠黐連なり咲けるひとところ歩みゆく間を淡く香りぬ
おちこちに蕺草咲けり昔見し木草乏しくなりゆく街に
日曜を試合に向かう高校生か朝の電車に眠れるもあり
腰重き今朝かえりみる冬布団片付けたるは二三日前
寒暖の日々の移りにとまどいてよわいを思う今年の五月
岩谷    眞理子              高知
病みてより怠りているガラス拭き晴天続けば高きへ挑む
書道展の入選通知届きぬと治療中の吾に夫よりメール
扇風機を回す程入る西の風書を吊りて見る墨乾くまで
一枚書くに疲れ覚ゆる半切の今年目指すは隷書出品
亡き友の母君検診に会いたればわが体調を気遣いたまう
大雨の後なる今日の強き日差しエアコン修理の電話の続く
安静時採血という検査にて三十分をわが横たわる
平岡     敏江                高知
股関節再手術に備え採血を二度して貯うる四百CC
股関節再置換術は後の痛みが大変と経験せる友がいう
心電図のコードをつけて点滴の針を刺されて心さだまる
麻酔覚め戻れる部屋に酸素マスクして八本の管につながる
麻酔されて吾は覚えず家族らの案じて待ちし長き時間を
名を呼ばれ麻酔より覚むる吾に夫は七時間半かかりしという
リハビリを始むる吾は股関節のまだ痛き傷口さすり動かす
           推奨問題作  (22年7月号)   編集部選
                現実主義短歌の可能性拡大をめざして
上松     菊子
孫からのよき知らせ待ち一週間もう疲れたよお出かけするよ
馬橋     道子 
一周忌の墓前に次男がぽつり言う偶には煙草も欲しかろうよな
小倉   美沙子
確実に夫を癒すと意気込みて厨に鉄分補給のメニュー
川中     徳昭
若きより田畑に鍛えしおかげかと片足立ちに地下足袋を脱ぐ
坂本     芳子
曇天の夕暮れにゆく病院に物言えぬ母に声かけるため
平岡     敏江
吾が入院の留守中の家事を九十一の母は今回は無理と言いきぬ
安井     忠子
喘息を幼き頃に病みし子の黄の砂の降る北京に勤む
安田     恵美
子育てに似通う犬との生活にふたたび父性をためさるる夫
吉富   あき子
三月の今日雪降るとその雪のしきりに見たし目見えぬ我の
 同
菜の花の咲き風香る春来たる見えざる我も香り楽しむ

 

 

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