平成22年11月号より

 

            選     

   桑岡     孝全

濡れタオルを素首に巻きて凌ぎましし夕刊新大阪社屋の盛夏
街のなかの青田にあそぶ鷺ひとつ大和川よりまぎれきたるか
ゆきずりに見つつゆくかな喪の家の名は未記入の立看板を
嬬恋村降雹のゆえ特価キヤベツ入荷なし悪しからず店長敬白
亡き人ののこせる声の放送の終ろうとしてあかとき到る
高気圧が夏バテをして週末は暑気おとろうという予報善し
合田八良に『三教指帰』を読む歌があったことなど煙の向う
        高  槻  集
吉富     あき子               山口
蝉のこえ今は聞えずその姿わが眼にすでに見ゆることなし
ふるさとの家を囲みし石の塀母の植えにし紅白の萩
故里の垣根の萩は咲きたるや行きて見んにも詮無きわが眼
共々に海に遊びしいとこらを思うよ今はありやなしやと
暑き日に食せしおもうかき氷その名懐かし氷金時
父母の愛あり世の人の恵みありうれしき我のよわい百年
雨降れば水嵩増ゆる佐波河の秋鮎掬うさえまち漁ありき
松田     徳子               生駒
残生をこころにかくること多きわが身を吹かる青田の風に
ひとり住み籠り居多きわが身にも熱中症はひとごとならず
朝かげに青田の草を抜く媼時早き穂を見いでて言えり
山に鳴くひぐらしの声やわらかく白き花咲く稲田をわたる
暑き陽の路線に反射するホーム瞼をとじて椅子に休らう
白き湯気膝までのぼる夕立のあとの舗道をむせつつ歩む
伸びらかな茎に咲きたる鷺草の白きをゆらし風のわたりぬ
山口     聰子               神戸          碑周り
空晴るる赤の広場に鮮やかにワシリー寺院の丸き塔見ゆ
とりどりの色の建築虹のごと水に映りてネバ河流る
レーニン像立つ街中はうら淋し飾り付けなし店も少なし
北のベニスともとぶ旧レニングラードの淡い色調運河に写る
仄明る白夜を歩むネバ河畔細波の揺れ光に映えて
葱坊主なせる形の塔ありて金に映えたる夕陽のキエフ
街角を曲ればつどに魅力ある通りに出会う白夜あかるく
          推奨問題作    (22年9月号)        編集部選
              現実主義短歌の可能性拡大をめざして
岩谷     眞理子
亡き友の母君検診に会いたればわが体調を気遣いたまう
上野     美代子
写真の夫に留守を頼みて家を出る慣いとなりて百ケ日過ぐ
上松     菊子
忘るるは天の賜物思い出づるのみに心の痛きことあり
小倉    美沙子
心何処かに忘るる我ぞタクシーにてきたる美容院今日定休日
川中     徳昭
胃を除りて苦渋の選択牛飼を止めたる吾を友の曹゙
小深田   和弘
つばくろの飛ぶ姿なき空の下飛蝗のいない畦草を刈る
佐藤   千惠子
老々介護に疲れ給うか夫君のあららぐる声時に聞えて
春名     久子
うかうかと日頃すぎつつ年金より思はぬ保険ひかれていたる
平岡     敏江
麻酔覚め戻れる部屋に酸素マスクして八本の管につながる
山内     郁子
秋草のしげる平城宮跡に佇てばわが老い霞のごとし

 

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