平成22年12月号より
              選     
   桑岡     孝全
灯すなく妻のすわれることのあり灯すのみにて暑しといいて
電車をまつ赤き帽子の園児らにあくびするありながつき暑く
工科高校らしきに転勤し第一日を緊張せる老耄未明時の夢
男手を乞われて柩を運ぶのはななそじこえてひとたびならず
ガリ版のヤスリ三枚もちいるなくて四十年か捨てかねている
西成区の鮨屋にきょうの違和感はとなりの会話が関東なまり
シャッターが下りてしまいぬ教え子の老父がいとなむ川尻輪業
              高  槻  集
安藤     治子               堺
高速路は南紀の夫の墓辺まで繋がりてくぐるトンネルいくつ
二年を隔て来しかばよよむ膝をたたみ蹲る墓石の前
ならわしを守りて血脈の一人無きこの墓土に眠らん我か
葬祭はしきたりのままがよしと言いし夫の心を我のうべなう
家苞に欠かすなかりし南蛮焼の老舗タナキも店閉ずという
沖遠く光を撒きて沈む陽に鹿島は暗き影と横たう
日高の峰離るる日を子の言えば狭き視界に求めんとする
安井     忠子               四條畷
図書館へ行こうと思えど強き日の下自転車で十分は遠し
炎天下我が皮膚爛れず衣の燃えず今日原爆の投下されし日
猛き日は衰うるなく盆すぎて日没のみは早くなりたり
北京の高温案ずる吾に子のメール湿潤の大阪育ちは平気
はらからの多きは愛憎軋轢の深くして我が生(せい)の色どり
行きあえる車の風圧耐え難き吾となりつつ自転車下りる
頸椎は生きてる限り曲りくる医師の説明大いに納得
安田     恵美               堺
懐かしき匂いのしたり道端におしろい花を見て過ぎてより
とき早く落葉散り敷く通学路暑さは九月にも続きいて
裏道より出入り自由なその庭に夏の終りの木々おどろなり
この年の九月の暑しはつものの早生のりんごが歯に音をたつ
室外機の風をひすがら受けながら夏を越えたる韮つぼみもつ
朝あけを徹りくる声ひとりごとめきて短くかなかなが鳴く
いかほどの余力のありて秋の日を咲き継ぐらんか白き木槿は
      ■    推 奨 問 題 作   (22年10月号)       編集部選
                    現実主義短歌の可能性拡大をめざして
上野     美代子
月見よと声かけくるる夫居らねば満月の夜を忘れていねる
馬橋     道子
吾を訪うみ霊はいづこ打水をしている庭に飛ぶオニヤンマ
奥嶋     和子    
金儲けなどしたくない穏やかな時が欲しいと電話を切りぬ
川中     徳昭
初穂期は妊娠初期ぞ病害虫水の管理を日々怠らず
坂本     登希夫
老いて行かぬ椪柑畑は鹿のエサ場子は三対の角ひろいきぬ
佐藤     千惠子
オメガの形なす閃光が眼裏を今朝も走りぬあやしき病
南部     敏子
立会人居並びている投票所へ夫の背楯に入りにしものを
長谷川    令子
咲き照れる桜の下に思うかな父の齢を越えて見る花
松内    喜代子
買い取られゆくわが牛と下校途次に会いて泣きしを今に思えり
安井     忠子
鬱こうじ籠れる吾を悲しみて阿修羅童子はみそなわしけり

 

 

 

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