![]() |
選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 |
灯すなく妻のすわれることのあり灯すのみにて暑しといいて |
電車をまつ赤き帽子の園児らにあくびするありながつき暑く |
工科高校らしきに転勤し第一日を緊張せる老耄未明時の夢 |
男手を乞われて柩を運ぶのはななそじこえてひとたびならず |
ガリ版のヤスリ三枚もちいるなくて四十年か捨てかねている |
西成区の鮨屋にきょうの違和感はとなりの会話が関東なまり |
シャッターが下りてしまいぬ教え子の老父がいとなむ川尻輪業 |
高 槻 集 |
安藤 治子 堺 |
高速路は南紀の夫の墓辺まで繋がりてくぐるトンネルいくつ |
二年を隔て来しかばよよむ膝をたたみ蹲る墓石の前 |
ならわしを守りて血脈の一人無きこの墓土に眠らん我か |
葬祭はしきたりのままがよしと言いし夫の心を我のうべなう |
家苞に欠かすなかりし南蛮焼の老舗タナキも店閉ずという |
沖遠く光を撒きて沈む陽に鹿島は暗き影と横たう |
日高の峰離るる日を子の言えば狭き視界に求めんとする |
安井 忠子 四條畷 |
図書館へ行こうと思えど強き日の下自転車で十分は遠し |
炎天下我が皮膚爛れず衣の燃えず今日原爆の投下されし日 |
猛き日は衰うるなく盆すぎて日没のみは早くなりたり |
北京の高温案ずる吾に子のメール湿潤の大阪育ちは平気 |
はらからの多きは愛憎軋轢の深くして我が生(せい)の色どり |
行きあえる車の風圧耐え難き吾となりつつ自転車下りる |
頸椎は生きてる限り曲りくる医師の説明大いに納得 |
安田 恵美 堺 |
懐かしき匂いのしたり道端におしろい花を見て過ぎてより |
とき早く落葉散り敷く通学路暑さは九月にも続きいて |
裏道より出入り自由なその庭に夏の終りの木々おどろなり |
この年の九月の暑しはつものの早生のりんごが歯に音をたつ |
室外機の風をひすがら受けながら夏を越えたる韮つぼみもつ |
朝あけを徹りくる声ひとりごとめきて短くかなかなが鳴く |
いかほどの余力のありて秋の日を咲き継ぐらんか白き木槿は |
■ 推 奨 問 題 作 (22年10月号) 編集部選 |
現実主義短歌の可能性拡大をめざして |
上野 美代子 |
月見よと声かけくるる夫居らねば満月の夜を忘れていねる |
馬橋 道子 |
吾を訪うみ霊はいづこ打水をしている庭に飛ぶオニヤンマ |
奥嶋 和子 |
金儲けなどしたくない穏やかな時が欲しいと電話を切りぬ |
川中 徳昭 |
初穂期は妊娠初期ぞ病害虫水の管理を日々怠らず |
坂本 登希夫 |
老いて行かぬ椪柑畑は鹿のエサ場子は三対の角ひろいきぬ |
佐藤 千惠子 |
オメガの形なす閃光が眼裏を今朝も走りぬあやしき病 |
南部 敏子 |
立会人居並びている投票所へ夫の背楯に入りにしものを |
長谷川 令子 |
咲き照れる桜の下に思うかな父の齢を越えて見る花 |
松内 喜代子 |
買い取られゆくわが牛と下校途次に会いて泣きしを今に思えり |
安井 忠子 |
鬱こうじ籠れる吾を悲しみて阿修羅童子はみそなわしけり |