平成23年3月号より

 

            選     
   桑岡     孝全
わが手相に短命を懸念せし兄のはやく世に亡くわれ七十七
子規よりも空海よりも存えてあとしばらくのにんげんせかい
吹きあぐる風にもまれて十五階のそとを暫く公孫樹葉のとぶ
夜半の灯の下ゆく塵のごときもの秋の蚊ならずもう初冬の蚊
日の暮れて公孫樹葉を掃くポリスありぬ東住吉区鷹合交番
現職をメディアのかろんずるならい吉田茂のころよりいまに
ポピュリズム一挙席捲ポスターの政治家みんな笑って媚びて
         高  槻  集  
   坂本  登希夫               高 知
咲く蝋梅たか木の南天の赤実を背に九十七の初日おろがむ
三回の入退院は去年のこと百までの三年三月を頑張るべし
手も足も衰えたれど子と嫁に手伝わせ正月餅搗き終りたり
餅とりを片栗粉にてすませたり石臼で米ひき作りしは昔
石臼で米ひき餅とり粉作りしは妻健在の三十年前まで
捕虜日本兵騙して能率上げさせよと言いき貴族の英司令官
米九オンスチーズ十五グラムが三食分工兵吾等に重労働強いき英
   竹中     青吉                白 浜
斉明帝御舟の山の森の影海に映りて今にかしこし
磯の湯をよろこびましし女帝(みかど)息子のたくらみ知るよしもなく
囚われの身にかろうじて「天と赤兄(あかえ)と知る」の一言永久に哀しき
金星をとらえるに失敗それもよし朝夕の明星おかすこと勿れ
軌道投入六年後といえば我百歳かにもかくにも生くるよすがに
百歳まで生きてみたしと思うにも無駄を省けと仕分けられそう
粗食少食たまたま酒肴ととのうがこの上もなき仕合せにして
   南部       敏子                   堺
夫の腫瘍消えての通院付添いに心弾みき去年の秋は
目のよきを誇りし夫を喪いてわが白内障また進むらし
かの手術は蛍光レンズを填めしやと思えり今朝の景青く見ゆ
手術せる左目に見る鏡の顔ややに白きを実際とせん
白内障術後を眼鏡かけてゆくわが町内は知り人いっぱい
独りぐらし長き友らが置き去りの嘆き知る人歓迎と寄る
気おくれを払い出できて三とせぶりの友それぞれに八十の皺
     推奨問題作(23年1月号)      編集部選
           現実主義短歌の可能性拡大をめざして
  上野     美代子
配偶者死別の箇所に印して国勢調査書より夫の消えたり
  小倉     美沙子
見慣れたる痩身に少し肉付きて一縷の希み秋の陽の下
  川田      篤子
出征する父と写りし幼きわれ苦虫を噛むような顔して
  坂本      芳子
あと三日乳足らぬままに気づかねば存えざりし子と叔母の言う
  竹中      青吉
山西省は干柿の産地円仁も種多き干柿泥みて食ししか
  土本      綾子
みどりごの襁褓替えミルクを飲ます仕種孫の婿らのいたく自然に
  林          春子
瓶の蓋くるりと開けてくれるのはあなたの役と恃みきたるに
  長谷川   令子
作りくれしイーゼルで描くわが作を上達なしと夫の嘆くや
  松内     喜代子
目立つこと厭える子なり披露宴のライトの中の面引き締まる
   同
いつの日も信じてくれて感謝すと机の上の子のメッセージ

 

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