平成23年5月号より

 

            選     
   桑岡     孝全
白内障術後見えわたるかなたより着膨れてわがふり妻きたる
捨つるべきくさぐさの中その昔勤務せし西成の区分地図あり
雪降れり大阪平野にふるさとの雪の摧(くだ)けし散りぼうほどに
花崗岩を模する壁紙綻ぶるカルチャーセンターにまた出勤す
幇間めくカルチャー講座受講生ガムを噛むとも怺(こら)えて怺えて
たらちねの膝の記憶はひとつのみ田舎芝居を見し夏の夜
登校途次見知らぬ少女に西はるか時雨のつくる虹えお教えつ
             高   槻   集
  安西  広子          大阪
かりそめの占いながら病む夫の今年の運勢よしとありたり
水の変化教えるチャンスと氷張る朝よろこびき教職のころ
気象通報読み違えたるアナウンサーに訂正指摘の低き声あり
前線の今通るらし灰色の雲の動きは東へはげし
半島を南へ下る冬の旅照葉樹林の緑は暗し
濯ぎ物干して見上ぐる黒竹の背後に冬の青空高し
年末に買いたる食材おおかたを工夫しながら使い終えたり
  岩谷     眞理子          高知
この年の給料出でしか銀行にインドネシアの漁夫ら送金す
病室に手術より帰る母を待つベッドは電気毛布に暖めて
吾が癒えて母の手術に立合いの叶うはまことありがたきかな
ありがとうと一人ひとりの名を呼びて再び母の眠りに入りぬ
手術後の母見届けて県境の町へ帰り行く満月に向かい
長きこの一日漸く終りたり母おきて帰る三時間の道
家に戻り無事到着とメール打つ長き運転を案ずる弟に
  小倉     美沙子          堺
八ヶ月近き介助に疲労して時とし夫に意地悪している
席立ちて機嫌そこねて去る夫にかけねばならぬ一語ある筈
さまざまな思いに沈む夜のありてテレビは意味のなき音をたつ
遠く住む子らの恋おしき折ふしに携帯持ちて思いとどまる
しつけまだ取らざる夫の紗の着物姑の持たせしそのままにあり
無縁社会なる放映に見入りつつ遠く住むとも子の二人あり
やわらかくなれる光の窓にさしきっとこの春を夫は越ゆべし
     推奨問題作(23年2月号)      編集部選
           現実主義短歌の可能性拡大をめざして
  上松     菊子
揃えるを自慢にしたる歯を抜きて帰れる家に一人座りぬ
  奥嶋     和子
鐃鉢の大いなる音響かえり朝の御堂に数えて二十五
  奥野     昭広
その方はもう亡くなったのよこの春に古希を迎えるママの答えぬ
  小倉     美沙子
とりあえず検査結果はパスしたと院内レストランで乾杯
  川田     篤子
幾百人か集える軍の演習の写真のいずこに父のおりしや
  神原     伸子
子や孫の何時戻れるか知らず過ぐ我は階下に子等は二階に
  佐藤     千惠子
足をひき発車まぎわを急ぐ吾にtyっくりでいいと車掌の声す
  長谷川    令子
声低く熱中症もどきと訴うる友とひとときを電話に過ごす
  松内     喜代子
兄逝きて経るひと月かみ山にて拝む仏のみなありがたき
  山口     克昭
辛抱のシャッターチャンスが極め手なりと入江先生構えて動かず

 

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