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桑岡 孝全 |
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歯科の椅子に乗る目の前に津波にて横転せる大き汽船の映像
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津波より逃げて高きに救助をまつ七千に到る寒夜は四たび
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エコノミー症候群死は避難さきの二日目を既に危険域とす
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震災の巨細(こさい)を知りてうららなる日の下ゆくはうしろめたしよ
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損壊原発弥縫と糊塗をかさねたり老耄われの処世にも似て
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地震列島に立地の原発を否とせし武谷三男逝きてひさしき
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広島からなにを学びしやル・モンド紙核を軽侮の日本に問う |
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湧 水 原 より (39)
伊藤 千恵子 選 |
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川口
郁子 (春節) |
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格安の北京旅行は底冷えの人気(ひとけ)少なき空港に降りる |
商店やマンション民家の露地までも花火に興ずる北京の人々 |
十階の宿泊ホテルの窓目掛け花火飛び来る手荒い歓迎 |
春節の爆竹花火は無礼講警官と消防員の忙し |
隙間なく文字刻まれし長城の手すりの石は丸く光れる |
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佐藤 千惠子 (姉弟) |
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職場にて倒れし修司緊急の手術に危うくいのちとりとむ |
リラックスせよと声をかく意識なくこわばれる手を揉みほぐしつつ |
ボールもたせリハビリせよと声をかく反応のなき長き眠りに |
倒れしより一度たりとも話し食し笑まうことなく汝は逝きたり |
孫を抱き微笑みかくるを遺影とす普段のままを尊しとして |
震災時一室をわれに空けくれし汝にてありき世を隔てたり |
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津月 佑子 (わが工房) |
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大方は既製の服となれる世に依頼あり内職の寸法直し |
重宝がられ後期高齢係りなく日々の洋裁に感謝ひたすら |
耳遠く歯も心許なし膝頼りなし目と手先のみ良好にして |
工房を見守るごとく夫の遺影と書道の免許卓球の賞状 |
生甲斐の一つの洋裁あと幾年つづけられるか重宝がられ |
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西川 和子 (天佑日本) |
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家族は親類は皆々無事かと案ずるメール祈りを添えて |
繁体字の海より吾が目の拾う「萬衆一心祈祷日本度災難」 |
雪が降り唯雪が降る大津波になべて流されし無人の町に |
福島五十勇士死守の記事日本メディアは何処も報ぜず |
人口二千三百万なり四時間の募金晩會に二十一億円 |
暖かき日差し身に染む卯月朔日台湾の義損金百億を越す |
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長谷川 令子 (大和国原) |
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み籠(こ)持ちて菜摘ます少女を幻に初瀬朝倉の山里をゆく |
拝殿の格子の奥の丹の褪する小さき本殿落葉の積もる |
青空より舞いつつくだる鴨の群れ陵の堀へ着水したり |
登りきて甘樫の丘より望みたり残照に浮ぶ二上の山 |
しぐれ止み曾爾高原に日のさせり野を丘を覆う薄の上に |
幼き日この田に勾玉拾いしを三輪山近く運転手言う |
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森本 順子 (バードウオッチング) |
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アカゲラの捕虫の跡か杉の木に小さき穴が縦に並びぬ |
石段に鷹の食み跡シロハラの風切り羽と羽毛ちらばる |
シベリヤへ渡る日近く芝原をツグミが足をそろえて歩く |
くちばしの鋭きコゲラ樹皮とばし檪の肌を頻りにつつく |
今見るはコサメビタキかサメビタキか図鑑に頭寄せて調べる |
土の色に紛るるタシギひこばえの畝の間に動かずにいる |
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山口 克昭
(考 古) |
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威信物掘出す毎に東西の邪馬台国の駆引おこる |
時かけて矯めつ眇めつ工人が石塊(いしくれ)を斧に研ぎあげにけり |
縄文の腕輪にのこる赤うるじ能登に生まれて漆に親し |
生と死の隔たり淡き古代びと葬り場を囲みムラをなしたり |
甕棺に葬り直して幼児の再生願いし縄文の人 |
刳り抜きの埴輪のまなこと視線あう会場森閑人かげのなし |
はじらいの面(おもて)にピエロ真写しの装いしたる埴輪のありぬ |
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横山 季由
(馬見の丘の野鳥) |
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春となる光乱して雀らは吾が庭に置く粟に飛び来る |
裸木に河原鶸(かわらひわ)群れて黄の色の胸毛は光る青澄む空に |
鷂(はいたか)の急降下して真鶸の群れを襲えばしばし鳥の声なし |
鷂の急襲逃れて鴲(しめ)一羽檪の木末にしばしして鳴く |
日だまりの芒の枯れ穂を移りつつ虫を拾えり頬白幾羽か |
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■ 推奨問題作 (23年4月号)
編集部選 |
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かりそめの占いながら病む夫の今年の運勢よしとありたり |
安西 廣子 |
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ありがとうと一人ひとりの名をよびて再び母の眠りに入りぬ |
岩谷 眞理子 |
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敬老の優待パスを使いたり嬉しいようなすまないような |
奥嶋 和子 |
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やわらかくなれる光の窓にさしきっとこの春を夫は越ゆべし |
小倉 美沙子 |
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施設出て明日帰宅する妻を待つ掃除布団干し心いそいそ |
竹中 青吉 |
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はらからのただ一人なる兄死して夫は留めの焼香に立つ |
林 春子 |
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五十年われの手足になりくれし自動車を諦む九十四歳 |
春名 一馬 |
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オフィス街の昼の休みをATMは二十人待ち年暮るるべく |
春名 久子 |
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お母さん捜し続けたと亡きが夢に捜し続けしは吾であるのに |
安井 忠子 |
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少しずつ父はレシピを増やしゆく独りとなりて長きとしつき
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吉岡
浩子
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