平成23年8月号より

 

            選     
   桑岡     孝全
麻痺免るる左にてきみ署名の訓練署名の必要ふゆる世言いて
右半身機能失せたるおのが身を見据えて詠まん志をきく
病むきみに諧謔ひとつヘンシンをしない管理人藤岡ヒロシ氏
白内障も尿路結石もすっと通じてわびしき会話弾む午後なる
バンツマの剣戟の如斃れんとして斮りひらき斮りひらく友
大阪万葉集木編集をささえにし君は病み大山初江世に亡し
車椅子つとすすめては左手(ゆんで)にてマウスあやつる君の沈黙
        高   槻   集
     岩谷  眞理子           高知
半日ずつ異なる科にて受くる検査術後三年が近づききたる
右足のみ爪先冷ゆるこの頃かしばらくさすり靴下をはく
五百ミリ立を飲みてCT検査次第に吐気こみ上げてくる
吾が治療終えて弟の手術始まる病院に来て会えぬまま帰る
ご飯よりパンが主食になるという術後の母の味覚の変る
巣造りの場所をっさがすか燕らのしきりに店の軒へ飛び来る
午後よりの雨の予報に吊るしある着物をたたむ出勤遅らせ
    小倉   美沙子          堺
再びをつれ帰ることあるまじと振り返る庭は花盛りなり
頑張らず枠一杯を託せよとケアマネ言うわが疲労を読みて
浴槽に身をさらし介助さるる夫人間の尊厳というは何なる
束の間を帰り来りて庭眺む雨に伸びたる徒長枝剪らん
折々の慰めなりし花の世話マンションには叶わず一つストレス
介護より解かるる時は死ぬる時一瞬魔のごとき思いよ
風切りてペダル踏みゆく今日二時間ゆとり下さい髪を切るため
    土本   綾子          西宮
この度もまたいくつかの異常示す検査結果をもらいて帰る
なべて年の所為(せい)と言わるれば言葉なし笑みを返して診察室出づ
痛さ辛さ口にせざりし老母を思うそのころの齢となりて
エネルギーの消費少なき小型車と少食の吾を君は揶揄する
アイパッド自在に操る曾孫たち覗き見ながらただ目まぐるし
ポストまでの百歩が今日のそと出にて垣の満天星の紅き芽に触る
今日につづく明日あることを疑わず乱せる机そのままに寝る
              ■  推奨問題昨  (23年6月号)   編集部選
                      現実主義の可能性の拡大をめざして
     上野   美代子
  暗闇に焼け残るたるわが家立ちき三月十三日大阪空襲
             〃    
  空襲解けたちもどりにき浴槽に沈めし衣類そのままの家
     蛭子     充代
  生簀に飼う鯵三千匹弟は津波の余波受け流せりと言う
    小倉    美沙子
   平均寿命まで生きたしと言う夫よ身をいとわずにきて今更に
              〃
   鏡面に夫と並びて映してみる痩せてしまえど大好きな夫
     遠田     寛
  部屋内に日差しのとどき切る暖房わが為す事の僅かなれども
     坂本    登希夫
  マラリアで落伍のわれの銃を持ち肩貸しくれし種田逝く
     土本     綾子
   震災のあとまたたきの十五年あと十五年経なば百歳越ゆ
     春名    一馬
   同室の人の立ち居の静かにて今日移り来し二人部屋は佳し
     山口      克昭
   畚(もつこ)負い巨大墳墓に土盛りし人に達成感のありしや

 

 

                    ホームページに戻る