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選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 |
十年後のわれの指標かつれだてる八十八の兄の足ばや |
白内障と聞きおよぶ犬を撫でてみる彼等の老化われより早く |
換算してわれの齢の犬なりき眼をやみき今日おとなうに亡し |
生協の荷さばきをする家の土間になじみし犬を見ずなれる春 |
おのが身に一部不随のあるがごとし国土受難の報のつづくは |
ウクライナ被爆の児童に四半世紀結婚出産に障り続くらし |
産業に仕えて地球が潰えゆくこのシステムにわれらいつまで |
高 槻 集 |
安藤 治子 堺 |
今年また二側の縁に簾吊るし夏に対わん心ととのう |
あなうらの痺れは三十年に及びいて素足に踏まん歓びもなく |
いつの年作りし梅のシロップかコップに溶けば淡きくれない |
相共に落つる視力を嘆き来し矢野伊和夫さん逝きますと人づてに聞く |
優しかりし大方は亡し在すとも行きて相見ん足力なし |
溜りたるテープは半ば捨つべかり惜しみつつ聞く「いい日旅出ち」 |
一から十まで手の内を知らねばすまぬという世論にも些か噯を覚ゆ |
伊藤 千恵子 茨木 |
携いし高野のみ寺に散る花を沙羅と教えし友の世に亡し |
君のへに摘む山草の名を聞けば直に答えき高野の山に |
幼児を背負いて神戸の歌会に来まししを思うともに若かりき |
この身には関りもなきエステサロンの散し一枚郵便受けに |
うす紅のランタナの咲く路地を来て思いはかえる夫と住みし庭 |
六月をいまだ袖長き学生ら放射線含む雨を怖れて |
蜜蜂の減少すときく少しずつ移る地表の穏やかならず |
小倉 美沙子 堺 |
放浪のごとき暮しの幾日か入院退院遂にホスピス |
この院に移り来りて五日目か今朝洩る男の苦しむ声の |
見降ろせる木立のなかに堂宇あり当病院の御霊眠ると |
疎むとも現実は現実絶食の夫に生き得る未来のなくて |
機械浴に運ばれゆく夫本当にこれが最後の沐浴かとも |
子にメール今日の異変を知らせんにうろたうる指の過ち多し |
淋しさの極みにありて眺むる空街は今丁度陽の沈む色 |
■ 推奨問題昨 (23年7月号) 編集部選 |
現実主義の可能性の拡大をめざして |
告知されし期限はまさに今なればそう見ればいたく夫の衰う |
小倉 美沙子 |
寄り来たり鉢のレタスを共に捥ぐおんなの曾孫四歳となる |
角野 千恵 |
軟らかに衰うる老いの胼胝(たこ)の掌に生命線の深くなりたり |
金田 一夫 |
明日のぞうりは自ら編みて四キロの通学せしを夫の言い出づ |
坂本 芳子 |
玉筋魚(いかなご)を五十瓩煮てほとんどが付合いに消ゆそれでいいのだ |
佐藤 千惠子 |
看取りより戻りて灯ともすキッチンにままごとの如き夕餉ととのう |
土本 綾子 |
大病をしたことは無くこの施設でいま命終(みょうじゅう)を待つというなり |
春名 久子 |
チューリップの球根母に持ち行くに生きてるうちに咲くかと笑う |
平岡 敏江 |
何ほどのことなき一人の食なれどフクシマ産の米を買いたり |
森口 文子 |
わが星よあなたが生みて育みしホモサピエンス智慧あらずして |
安井 忠子 |