平成23年11月号より

 

            選     
 
   桑岡   孝全
屋上に掲げっぱなしの日の丸がゆるみて半旗となれる八月
転勤しきたりてわれの座席なき職員室にたちつくす夢
正岡子規鈴木貫太郎が同年なるをにれかみ思う日の終りゆく
農薬のなかりしむかしははつらつと跳びこむ音を芭蕉聞きしや
襁褓して敢えて歌会に出でませりかわることなき律儀悲しく
台風接近刻々の報そのかみのB29梯団北上のごと
日本海へ抜けて北上雨台風それからさきは知ったことかよ
                  高   槻   集
   小倉  美沙子            堺
我かねて望めるままに捗りて戸建に夫の骨は戻りぬ
なす事は山ほどあれば悲しみも今日は薄れて家の片付く
少しずつ放ちゆくべし二月半留守せる家にこもれる湿気
僅かなる遺族年金で生きてゆくその現実に涙は拭かな
哀しみの向う側にも希望あり立ち上がらねばと未亡人三人
夫の声風のまにまにきく如し独りで渡る陸橋の上
台風の逸れたる庭に摘む花のかすかな揺れは秋思わしむ
  遠田     寛                 大阪
わが遠く別れて過ぎし五十年汝が命終を知らせて来たる
三人の子を育て暮らしを凌ぎたる汝に一期は九十一年
終の日まで吾に会いたく言いいしを短く告げる娘の電話
親族の席に列なり焼香す孫曾孫らは吾を知るなく
みずうみの移ろい窓に親しみて汝と暮らしし十三年間
返らざる日は忘るべし裡深くとどまる影は影としながら
歳だから気をつけてねと言う娘バス停までを伴はれつつ
  山内     郁子              池田
父には父母には母のめぐみ受け八十八のよわいいただく
米寿なる誕生日今日八月八日空高くしてただ閑かなり
予期せざる長寿さずかり朝々をみ堂に念仏(ねぶつ)し香をまいらす
父母の示されし道歩みきてわが今日の日に悔いはあらざり
時くればやがて浄土へ還るべしうつし世の憂き種々(くさぐさ)はなれ
いくばくもなき命なり頭北面西(ずほくめんさい)に寝ぬるを安らぎとする
亡き夫を父母をこもごも思う日よ秋立つ空にかかる夕雲
                  推 奨 問 題 作     編集部選
                現実主義短歌の可能性の拡大をめざして
 九十を越えたる母の口癖はスンデシマヤァマァジッキダニ
     奥嶋  和子
 退職後訪ねし母校の名簿には行方不明の一人でありし
     奥野  昭広
 放浪のごとき暮しの幾日か入院退院終にホスピス
     小倉 美沙子
 淋しさの極みにありて眺むる空街は今丁度陽の沈む色
          〃
 朝目覚めしばらくおいてああ妻はもういないのかと納得をする
     忽那    哲
 この四五日白き蝶舞うただ一つ妻の育てしランタナの花に
          〃
 満年齢九十八なり父母へ感謝の朝の灯りを上げる
    坂本  登希夫
 冬雲にうすく透けたる夕日みて恋しくなりて子にメールする
   坂本  芳子
 人類は地球に巣くう寄生虫駆除せよと地震津波温暖化
   竹中  青吉
 廊狭く段差の多き古家をととのえて車椅子の行き来に備う
   土本  綾子

 

 

                    ホームページに戻る