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| 選 者 の 歌 |
| 桑岡 孝全 |
| 腸の不調一日口唇疱疹二日ほどまずつつがなく七十七の夏 |
| たらちねのてのひらなしてうつしみをつつまん秋気漸く到る |
| 街なかにのこさるる田に穂を垂るる一枚いまだすぐなる一枚 |
| またひとつあきらむべしや噴門の老けて珈琲飲めなくなって |
| 砂糖湯とよぶべきうすき珈琲をすするよ老躯の未練ともなく |
| 明時にラジオを点けて切りにけり早口を聴くは疲るるよわい |
| 逝ける数廃(しい)となる数六十年を歌にまじわりきたる帰結に |
| 高 槻 集 |
| 安藤 治子 堺 |
| 今年また御陵堤の彼岸花わが卓にあり友のたまもの |
| 田の畔に一列に赤き彼岸花足弱るわれ恋うるのみにて |
| あかときの想いに遊ぶ智恵子抄の阿多多羅の空今日も青いか |
| みちのくの旅に恋おしむ北上川阿武隈川を津波上りしや |
| みちのくは遠野の村里宮沢賢治の童話は今も老の慰め |
| 九十の媼の想い許されよわれは遥けき大正の生まれ |
| 新藷の掘りあげて未だ湿れるを持ちくだされぬ今日九月尽 |
| 小倉 美沙子 堺 |
| しっかりと来春の花芽育める辛夷の見えて夫は逝きたり |
| 曳きつれて受診したなら救えたと思える時期の写真が残る |
| 気を張りて看取りし日々の恋しかり充足というは夫ありてこそ |
| 世に夫の在らば語りて過ごさんに独り居の家秋の夜長し |
| 子の夢に幾度も父が顕つという我には一度も逢いに来ぬ夫 |
| なすべきを難なく終えて帰る道不思議に夫の加護かと思う |
| 心臓の手術を終えての字の乱れ押して義兄の励ましの文 |
| 土本 綾子 西宮 |
| 三度目のボランティア終えて夜行バスに帰りし孫のひたすら眠る |
| 現実は映像のごときものならずと石巻より帰りたる孫の言う |
| 三十人かかりて僅か一軒の泥を掻き出し得たるのみとぞ |
| 台風の兆しの風に吹かれ飛ぶ蜻蛉は蔓に止まらんとする |
| てっせんの蔓にとまりて羽たたむ秋あかねここに夜を過ごすらし |
| 車椅子の夫の米寿を祝わんと孫子ら十人一夜を集う |
| 禍ごとの相次ぐ年ぞ夫の病み大震災あり宮地先生を喪う |
| ■ 推 奨 問 題 作 編集部選 |
| 現実主義短歌の可能性の拡大をめざして |
| 平坦の道を歩くは無意識にて少し傾斜あれば脚緊張す |
| 石村 節子 |
| 真夏にはバケツの水に足を漬け図面描きしは五十年前 |
| 奥野 昭広 |
| モルヒネの半量ほどにて眠りに入り事きれましぬ微笑うかべて |
| 小倉 美沙子 |
| 気の張りの隙間の緩みに忍び来るああ本当に夫は逝きたり |
| 〃 |
| ベッドメーク薄きに真夜を目覚めたりセーター重ね再び眠る |
| 佐藤 千惠子 |
| 私が先に逝ったら困るでしょうなんとかなるさ或る日の会話 |
| 白杉 みすき |
| 病名も受くる手術も告げ得ずに明日から留守とメール打つのみ |
| 長谷川 令子 |
| ブナの芽を食みたる熊か青み帯ぶる糞のあたらし古道の上に |
| 森本 順子 |
| 満月の夜は蝉の羽化多しとかわが自転車のハンドルに殻 |
| 安井 忠子 |
| 降る雪の谿より尾根に吹き上ぐる能登越中の境の生まれ |
| 山口 克昭 |