平成24年1月号より
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選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 |
秋涼の到れる朝をシャワーして七十八歳の皮膚はよろこぶ |
車酔いふせぐヨワンというくすり持ちて三日の旅に発つ妻 |
風荒れと大雨の秋老いづきてまどえるおのが裡(うち)のごとくに |
白川静氏市民向け文字学の開講は八十九歳にてありしとぞ |
今更にしたしみおもう塗る上に塗りて倦むなきルオーの技法 |
教員総起立而(しこう)して国民総起立さらにつづかんものをわれ知る |
晩年の歌評は優しくなっていたなどと言われんことも業腹 |
高 槻 集 |
小倉 美沙子 堺 |
夜のバスのガラスに映るわが顔の八の眉してまた泣きべそに |
蟹解禁の折込チラシ来る季節夫在らば行かん北陸の旅 |
向き合える席に夫なき夕べの膳不覚の涙が出るはこの刻 |
みひらきて我をみつめしその視線すでに脳死の後なりし知る |
怠りの跡は正真この年の菊は野菊のごくの如く小振りに |
もう少し濃密に生くべかりし悔い慣れし我等の惜しき歳月 |
秋晴れの空広がれる静謐に偲びて過す今日百ケ日 |
坂本 登希夫 高知 |
九十七が子に付きそわれ最高齢賞貰うと来れり照れ臭けれど |
最高齢の賞もらいたり六年十月を中国ビルマに戦いしいのち |
一万の兵溺死せしシッタン河萱束にひと夜すがり渡河しき |
コスモス咲き木犀香れど恩給申請如何なる結果になるかを思う |
二百走に金メダルをとりし二男仏壇に供え施設にもどる |
アララギの昭和五十一年六月号其二に子と親並び載る羨し |
細き葉の土佐蘭は花咲きそむタップリ水やり書斎へ入れる |
竹中 青吉 白浜 |
みくまのの神も洪水に流され来て渚の砂(いさご)にまぎれいまさん |
紀伊半島僻地は大雨大洪水三県知事会議に強烈パンチ |
台風につぶれし跡にたちなおる秋蒔野菜人のいそしみ |
音信の杜絶えいし被災地の友二人詠草届く今日のよろこび |
たずね来て大雨にあいずぶ濡れに汝らもすでに年寄なるぞ |
世間話してくれるあり無口あり介護師いづれも心うつくし |
介護師も時に入れ替ることのあり美貌の一人この頃見えず |
■ 推 奨 問
題 作
(23年11月号) 編集部選 |
現実主義短歌の可能性の拡大をめざして |
採血の針なかなかに入らぬなり治療の長き血管固く |
岩谷 眞理子 |
なす事は山程あれば悲しみも今日は薄れて家の片付く |
小倉 美沙子 |
親族の席に列なり焼香す孫曾孫らは吾を知るなく |
遠田 寛 |
寝転びてサウナの壁に足裏をあててこころは砂漠の蜥蜴 |
佐藤 千惠子 |
我が母は四人の子供を冷房なき世の八月に生みたまいしや |
沢田 睦子 |
トンネルを一つ抜ければ香川県今日初盆のわが檀家あり |
高島 康貴 |
カレンダー去年のままの夫の部屋二階へあがれずなりて一年 |
鶴亀 佐知子 |
いくばくもなき命なり頭北面西に寝ぬるを今の安らぎとする |
山内 郁子 |
シーツごと吊り上げられて忽ちに救急車内引き入れられき |
山口 克昭 |
授業中夏空みていた六年生飛蚊症はあの頃よりか |
吉田 美智子 |