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選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 |
大浪橋より見てあらためて驚きぬ川より低く町のひしめく |
市の吏員やいば振いし街路樹のこの冬も黒き骸骨なせり |
水と餌をさがしえたるはながらえん冬の地表のすずめと猫と |
司法解剖経たる次兄を荼毘に付しし阿倍野斎場廃れて久し |
自転車の人揆ねられて前栽へ飛んで落つるをまさ眼にぞ見し |
「つきかげ」の六十歳代いたいたし七十八のわれにまさりて |
肥満児然たる二十八歳民飢えて軍のさかゆる国継ぐという |
霜月の水のうえなる空ひくくふたつらとなりかりがねがゆく |
「子規最後の八年」というを読み耽る我に残れる命は知らず |
札たてて妻の培う小さき鉢ブライダルベールまたクワズイモ |
高 槻 集 |
坂本 登希夫 高知 |
過疎集落の朝を杵音立て正月の餅搗きするは吾が家のみなり |
人口の群生の南天の朱実頭上に初日拝む人手借らず生きんと |
昭和二十年ビルマの正月は椰子の実を橙がわりの注連で気勢あげき |
元日の辛夷は早も花の芽を天に向けあまたふくらめる見つ |
合併時八千余の町三千百となり保護家庭の率ああ県下一 |
裸木の辛夷のあらき秀の枝の小鳥の古巣も雨にぬれおる |
日本人を拉致させし男うやむやのまま心臓発作で死亡したり |
竹中 青吉 白浜 |
施設の妻物臭われを気遣いて冬の衣服の指図しきたる |
定年の挨拶するケアマネージャー親しみし一年の別れ惜しめり |
天降るごとイガミの煮凝りとどきたり少年の日の食思わしめ |
蝕終えて傾きてゆく月影の真昼の如く海原に照る |
犬ぎらい犬もしりてか咳払いすれば隣りの犬が吠えたつ |
磐余(いわれ)池あと発見のよろこびに猪股先生の塚もうごかん |
温暖化氷とけ地球は水びたし生きのこれるかホモサピエンス |
松田 徳子 生駒 |
よき年を願いて待たん葉牡丹の小さきをもとめ寄せ植えにして |
地底より震えるような音の湧く水琴窟をかがまりて聴く |
若き日を男勝りに生きたまい九十の今惚けておわす |
ちぐはぐにのみ言う人となりましぬ夫君のただ見守りたまう |
吹きさらす冷たき畝に白き肩出して大根らしくなりたり |
吹きおろす棚田の道の空風に首をすくめて小走りに行く |
黄の衣まとう見しらぬ若き僧おおつもごりのみ堂を浄む |
■ 推奨問題作 (1月号から ) 編集部選 |
現実主義の可能性拡大をめざして |
夜のバスのガラスに映るわが顔の八の眉してまた泣きべそに 小倉美沙子 |
向き合える席に夫なき夕べの膳不覚の涙が出るはこの刻 〃 |
みひらきて我をみつめしその視線すでに脳死のあとなりし知る 〃 |
もう少し濃密に生くべかりし悔い慣れし我等の惜しき歳月 〃 |
秋晴れの空広がれる静謐に偲びて過ごす今日百ケ日 〃 |
無益なりし戦争のあとはらからに生き残れるは我ひとりのみ 岡部 友泰 |
自転車の稽古に落ちし溝川の暗渠となりて子は五十を越す 金田 一夫 |
九十七が子に付きそわれ最高齢賞貰うと来れり照れ臭けれど 坂本 登希夫 |
一万の兵溺死せしシッタン河萱束にひと夜すがり渡河しき 〃 |
妹と母の手を引き祖母のもと助けを請うた高一の我 坂本 芳子 |
展覧会に時をすごしてたこ焼きとビールおっさんみたいな昼餉 佐藤 千惠子 |
介護師も時に入れ替ることのあり美貌の一人この頃見えず 竹中 青吉 |