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選 者 の 歌 |
桑岡 孝全 |
この日まず見る人類はべたべたに顔になにかを塗った妻です |
わがままの末娘にてわれに来て手にしたりしやそこそこの幸 |
行き慣るる地下街ながら去年今年おのずからなる老の足どり |
午後雨がちょっと心配という感じです今日的朧化気象情報 |
耳朶すぐる世辞はあれどもようやくに前途閊(つか)えて七十七歳 |
高 槻 集 |
坂本 登希夫 高知 |
眠とうなったのでねむりますと妻逝きし病院に狭心症を養う |
この病院の二階で妻を看取りにき二十五年経五階に臥す |
十二日間ビルマで草と木の葉食いき病院の飯一粒も残さず |
口中の入れ歯を廊に落し気付かざりき貰って九十八は呆然 |
病院の朝風呂に九十八は手足を伸ばす天寿と言うを考えて居り |
マラリアで落伍のわれの銃を持ち肩貸しくれし種田逝けるとぞ |
工兵の五五連隊で高知に残るはああ吾一人なり |
竹中 青吉 白浜 |
幕末のえぢゃないかに似る維新の声あれよあれよ大阪があれよ |
民主主義は数といえども玉石の混交するもいたしかたなし |
政権の乗合バスの行先の夫々違うに運転手はまよう |
震災より十七年十七年目の自首わが十七年はいかにありしか |
仏事には十七回忌あることも故人をわすれぬことにありこそ |
エアコンと明りを消して宵寝決む節電にご協力御無理御尤 |
逆境に耐えし訓練思い出づ元忠良なる臣民にして |
鶴亀 佐知子 赤穂 |
理想的逝き方といえ主治医よ夫をもう少し生かして欲しかった |
われを支え夫の介護をしてくれし息子の漸く大阪へ帰る |
独り身と自由業なるを頼みとし父の介護に汝を束縛す |
終の日まで端正なまま逝きし夫われには何を言いのこすなく |
師の在さぬ住まいの辺り月々の歌稿とどけし道に椿咲く |
母ちゃんと妻君呼びてスーパーにもの買いし師に最早会うなく |
行く水の清き千種とわが母校の校歌作りましき若き日の師よ |
■ 推奨問題作 (2月号から ) 編集部選 |
現実主義の可能性拡大をめざして |
夫はもうこの世に亡きに購いし新たな手帳に齢数えぬ |
小倉 美沙子 |
作るだけ下手になる歌と人言えど生甲斐なり九十八がくる |
坂本 登希夫 |
辛亥革命百年を祝う記念日に賄賂によごれし手を握りあう |
竹中 青吉 |
延安の洞より出でて中海(チュウハイ)の高級住宅に賄賂を知れり |
〃 |
家が良いと夫言えり長き闘病の果てを自ずと選びたる道 |
鶴亀 佐知子 |
受診日を明日に控えて入浴すと夫は言いたり黄ばみたる身で |
〃 |
我が援くる最後の沐浴の予感して夫をあらいつつ涙あふれ来 |
〃 |
最後の手段と医師言いましき胆管に管を通していのち繋ぎき |
〃 |
好みたる銀木犀の香る朝夫はわが夫は息絶えましぬ |
〃 |
ホーム竣工しホスピス建ち進む此処に終らんわが町にして |
長谷川 令子 |
誕生の月にまたわが書き直す延命措置はしないで下さい |
春名 久子 |
一人居の姉の電話は用なしと断りを言いてとりとめのなし |
森本 順子 |