平成24年4月号より

 

            選     
 
   桑岡   孝全
この日まず見る人類はべたべたに顔になにかを塗った妻です
わがままの末娘にてわれに来て手にしたりしやそこそこの幸
行き慣るる地下街ながら去年今年おのずからなる老の足どり
午後雨がちょっと心配という感じです今日的朧化気象情報
耳朶すぐる世辞はあれどもようやくに前途閊(つか)えて七十七歳
           高   槻   集
  坂本    登希夫       高知
  眠とうなったのでねむりますと妻逝きし病院に狭心症を養う
  この病院の二階で妻を看取りにき二十五年経五階に臥す
  十二日間ビルマで草と木の葉食いき病院の飯一粒も残さず
  口中の入れ歯を廊に落し気付かざりき貰って九十八は呆然
  病院の朝風呂に九十八は手足を伸ばす天寿と言うを考えて居り
  マラリアで落伍のわれの銃を持ち肩貸しくれし種田逝けるとぞ
  工兵の五五連隊で高知に残るはああ吾一人なり
  竹中     青吉          白浜
  幕末のえぢゃないかに似る維新の声あれよあれよ大阪があれよ
  民主主義は数といえども玉石の混交するもいたしかたなし  
  政権の乗合バスの行先の夫々違うに運転手はまよう
  震災より十七年十七年目の自首わが十七年はいかにありしか
  仏事には十七回忌あることも故人をわすれぬことにありこそ
  エアコンと明りを消して宵寝決む節電にご協力御無理御尤
  逆境に耐えし訓練思い出づ元忠良なる臣民にして
  鶴亀    佐知子          赤穂
  理想的逝き方といえ主治医よ夫をもう少し生かして欲しかった
  われを支え夫の介護をしてくれし息子の漸く大阪へ帰る
  独り身と自由業なるを頼みとし父の介護に汝を束縛す
  終の日まで端正なまま逝きし夫われには何を言いのこすなく
  師の在さぬ住まいの辺り月々の歌稿とどけし道に椿咲く
  母ちゃんと妻君呼びてスーパーにもの買いし師に最早会うなく
  行く水の清き千種とわが母校の校歌作りましき若き日の師よ
   
            ■  推奨問題作   (2月号から )     編集部選
                       現実主義の可能性拡大をめざして
  夫はもうこの世に亡きに購いし新たな手帳に齢数えぬ
  小倉   美沙子
  作るだけ下手になる歌と人言えど生甲斐なり九十八がくる
  坂本   登希夫
  辛亥革命百年を祝う記念日に賄賂によごれし手を握りあう
  竹中     青吉
  延安の洞より出でて中海(チュウハイ)の高級住宅に賄賂を知れり
      〃
  家が良いと夫言えり長き闘病の果てを自ずと選びたる道
  鶴亀   佐知子
  受診日を明日に控えて入浴すと夫は言いたり黄ばみたる身で
      〃
  我が援くる最後の沐浴の予感して夫をあらいつつ涙あふれ来
       〃
  最後の手段と医師言いましき胆管に管を通していのち繋ぎき
        〃
  好みたる銀木犀の香る朝夫はわが夫は息絶えましぬ
         〃
   ホーム竣工しホスピス建ち進む此処に終らんわが町にして
   長谷川   令子
  誕生の月にまたわが書き直す延命措置はしないで下さい
  春名      久子
一人居の姉の電話は用なしと断りを言いてとりとめのなし
  森本      順子

 

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