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| 選 者 の 歌 |
| 桑岡 孝全 |
| 眠りたる犬の鼻さき雀躍(こおど)りとまさに言うべくすづめのよぎる |
| 標高八百あの町すじの消長を想起す九十の兄とかたりて |
| 濡れタオル忽ち凍つるふるさとの冬を思えばわれら落ち伸ぶ |
| 自転車店主つなぎ着用の股火鉢を見ての登校七十年むかし |
| 足萎の媼の菓子屋と定右衛門の鍛冶屋とを好む幼童なりき |
| 高 槻 集 |
| 竹中 青吉 白浜 |
| 海荒れのつづく日和の安けさに切干大根のかわくひととき |
| 寒き日は風呂吹大根たのしけれおのずから酒も整いてあり |
| 視力弱く葉書の文字の乱れしに清らけき老後見る如くなり |
| 高速路とんぼ帰りの墓参には堪えると言いまたたのしそう |
| ウイスキーチョコのめぐみは去年のこと気紛れ天女今年はいまだし |
| 節電せず暖かくして過せなど幼にさとすごとく言う嫁 |
| 降る雪にぬれて磯の湯にぎわうと最早とおき日の如く聞く |
| 鶴亀 佐知子 赤穂 |
| ベッドより夫が呼びますベルの音耳底にあり何処に居ても |
| 微笑める夫の写真に温かきシチューを供え一人の夕餉 |
| 母九十五施設に居るを訪えり夫を看取りいて十ケ月ぶり |
| 暫くを見ぬ間に母は歩行器に頼りておりぬゆっくり振り向く |
| 淋しくなった母呟きぬわが夫の他界を知りてぽつり一言 |
| 殆どが認知症の人と母言いぬ話せる友の少なき嘆く |
| 一時間余り話止まざる母置きて三時間余の帰路に着きたり |
| 松野 万佐子 大阪 |
| ゆりの木のおぼろの下を自転車に霧の朝をプールへ向かう |
| 百歳になりましたよとみ子に聞く内田穆子さん長くまみえず |
| わが通うプールに近き工場の飼料を作る新藁匂う |
| 丈長きベルトのまわる工場にはだか電球三つの灯る |
| 年齢の至らぬわれの化粧品を箱に詰めゆく仕事していき |
| 工場はわが家に近く昼と夕べを食事に帰る十二歳なりき |
| 夜業終え帰りの道に怖かりし野良犬この頃見かけずなりぬ |
| ■ 推奨問題作 (3月号から ) 編集部選 |
| 現実主義の可能性拡大をめざして |
| 車椅子の夫とながむる桜葉の色づき相似てたがうそれぞれ |
| 安西 廣子 |
| 配偶(つれあい)も先立てし齢なり届く喪中の葉書もあらず |
| 安藤 治子 |
| 入口の群生の南天の朱実頭上に初日拝む人手借らず生きんと |
| 坂本 登希夫 |
| 日本人を拉致させし男うやむやのまま心臓発作で死亡したり |
| 〃 |
| 施設の妻物臭われを気遣いて冬の衣服の指図しきたる |
| 竹中 青吉 |
| 定年の挨拶するケアマネージャー親しみし一年の別れ惜しめり |
| 〃 |
| 年ながき副流煙にその命ちぢめし友と思うひそかに |
| 土本 綾子 |
| 帰る頃あかりをつけて待ちくれし人のいまさず今日は立冬 |
| 春名 久子 |
| 置き忘れ眼鏡を捜す吾今日はコンピューター断層診断をうく |
| 森田 八千代 |
| 歌会に出でてきたりぬ本堂の阿弥陀如来に留守居を頼み |
| 山内 郁子 |
| 日向の慰霊碑に記す終戦の年の五月に三十六歳 |
| 山口 克昭 |
| 吹くごとにからぶる音に枯葉降る師走はじめを母は逝きたり |
| 山田 勇進 |