平成24年7月号より
|
選 者 の 歌 |
桑 岡 孝 全 |
三十人今日をあそぶと発つ朝に友退院の報のつたわる |
立案も引率も佐藤千惠子におんぶこころ安らに倉敷にあり |
先生と来しそのむかし倉敷に何を食いしや思い出だせず |
セガンチニのアルプスに僅か記憶あり大原美術館ああ五十年 |
観光客優先の忍辱を少し知る紀州高野のやまに育ちて |
高 槻 集 |
吉富 あき子 山口 |
生まれては働き疲れ老いて死ぬ人の一生我もそのまま |
ちち母のみ許に我も旅立たん長くはあらじしばし待ちませ |
慶応にたてたる家に我生れてすでに百歳家も古りたり |
母ありてわが家の庭にすき焼きの花見せし頃楽しかりけり |
風ぬくし花の便りを聴く今も見えざる我は香りかぐのみ |
満開の花のもとにてその花を愛でつつ食ぶる花見まんじゅう |
春半ば梅雨くる雨のすがしさをもろみに浴びて伸々とあり |
坂本 登希夫 高知 |
訃報欄に九十一の戦友種田が載る病室に終日追憶のビルマ戦線 |
行き来三百キロを子の車で種田の墓参若葉映える山峡の路 |
新しき墓碑の下に眠る種田ビルマで落伍のわが銃持ちくれき |
心電図の太き直線見事とぞ医師は狭心症癒えたるを言う |
両側は新芽伸びたつ松林車中にくつろぐ狭心症癒えて |
ハウスに播種の南瓜西瓜干瓢の芽ばえせるに九十八が水やる |
買いきたる接ぎ苗の西瓜天竜をハウスに定植する息をつめつつ |
竹中 青吉 白浜 |
こぶし咲く尾根伝いの道行きゆくを思える暇に春の過ぎゆく |
春竜胆(りんどう)切れ長の目を思わしむ思いは老残となりたる今も |
用を足し覗く星空の三角形少年ピタゴリアン老いたるかなや |
徒らに長生きをして来しいのち白く帯なす星くずの下 |
孫娘の如き年頃ケアマネージャー耳打ちに話してくれるが嬉し |
古畚(もつこ)と年寄使い得幾年ぶりぞ草刈機持ち出して振る |
日に透きて戦(そよ)ぐ酢葉(すかんぽ)の哀願もなんのその草刈機の傍若無人 |
■ 推奨問題作 (5月号から ) 編集部選 |
現実主義の可能性拡大をめざして |
居並べる確定申告作成に老いての女性は我ひとりなり |
小倉 美沙子 |
木守り柿発酵したる木の元に酔いたる鴉怪しく踊る |
黒川 理子 |
二年後の百歳に歌集出すと決む狭心症の憂いはあれど |
坂本 登希夫 |
ウイスキーチョコの恵みは去年のこと気紛れ天女今年はいまだし |
竹中 青吉 |
淋しくなった母呟きぬわが夫の他界を知りてぽつり一言 |
鶴亀 佐知子 |
殆どが認知症の人と母言いぬ話せる友の少なき嘆く |
〃 |
専用の机持たざる講師にて大き鞄さげ教室移る |
中道 英美子 |
エレベーターの底より周囲を仰ぎみる二人用バギーの四つの瞳 |
長谷川 令子 |
ほどほどに健やかに経る一年を緊急電話機に埃のつみぬ |
春名 久子 |
雪山に撃たれし鹿が鍛冶屋ケ瀬の橋の袂の淀に浸さる |
松本 安子 |
工場はわが家に近く昼と夕べを食事に帰る十二歳なりき |
松野 万佐子 |
ビル街に二月の雨を避けながら衰うる友とタクシーさがす |
山口 克昭 |