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選 者 の 歌 |
桑 岡 孝 全 |
五月尽を田に張られたるにごり水さざなみたちて輝いている |
その齢で今更などというなかれ暇にRachel Carsonを読む |
わが大阪瓜破(うりわり)のコンビニはつなつの夜々を黒人屯(たむろ)していて |
また一人さきだちゆけり歌詠みて終る一生(ひとよ)はかくの如しと |
五輪種目に女子ボクシングが加わると聞きて黙(もだ)すよ老耄一人 |
高 槻 集 |
坂本 登希夫 高知 |
嫁よりの唐突の電話は嗣子幹彦が突然入院せりと言う |
とり急ぎ町立病院へ子を見に行けば五百CC点滴しておる |
水も茶も呑むを止められ一週間点滴をつづけられるとぞ |
新緑の山峡のカーブ多き路駐在所郵便局と墓参の種田家を聞く |
種田の写真を前に草食いしビルマを細君に吾れは話す |
誕生日を臥して迎う捕虜作業で受傷の腰椎痛む |
親より先に死ぬは一番不幸者ぞ焼酎呑むを止めよと子に言う |
竹中 青吉 白浜 |
九十余年使いし手足湯にうかべ枯木のごときを折曲げてみつ |
宵寝して夢みる楽しみ残りたり夢の世界は意外気まぐれ |
何もせず退屈もせずと言い乍ら声かけくれるケアマネージャーまつ |
差入れの山菜料理その上に豆ご飯まで仕かけてくれて |
尻餅つきはづみに手の平まで傷めぬ年寄りの哀れ身に沁むばかり |
わが手に傷を負わせし庭石のいまいまし蹴とばしてやりたし |
無罪とは人の心を逆なです天もいかりて五月のあらし |
鶴亀 佐知子 赤穂 |
わが活けし花々を夫は美しと眺めくれたり見過せし花と |
雨風の激しき朝の庭に出づ白き利休梅散りはてており |
白き花穂の一人静の花咲きぬ山道に夫と見出でし一本 |
これだけはと育ておりたる大山蓮華若葉の裏に数多虫付く |
二人目を産みて帰りしわが家に夫手作りのベビーベッドありき |
夫の部屋に今色褪するサイドボードこつこつと作り居し思い出づ |
貴方が亡くなって五十一回目の結婚記念日の永久に消ゆ |
■ 推奨問題作 (6月号から ) 編集部選 |
現実主義の可能性拡大をめざして |
訪えるホームの部屋を去る時に言うさようならはいつも短い |
安西 廣子 |
ジャムの蓋開け泥(なず)みおり頼る人傍(かた)えにおらぬ暮らしとなりて |
〃 |
台風の予報ある度雨戸閉ざす律儀な夫を今見習いて |
小倉 美沙子 |
父母の齢こえたる我よりつねに若し比島に戦死の兄二十四歳 |
岡部 友泰 |
隔離されたる病棟を出でて行くありや否やに一日長く |
遠田 寛 |
不整脈の薬くれ二週間後来れとぞ九十八に二百四十粁を |
坂本 登希夫 |
窓越しに生ゴミ漁る鴉見ゆ出す日違える妻を叱れず |
高間 宏治 |
引汐の広き浦曲をめぐり行き妻待つ施設に車はいそぐ |
竹中 青吉 |
夫の植えし八重椿の花咲き出づる庭の明るき三月となる |
春名 久子 |
診察を夫とならびて待ちし日よいまその椅子に一人すわりぬ |
〃 |
夕食に帰りし吾に炊きたての飯の麦除けよそいくれにき |
松野 万佐子 |
芝草に立ちたる象はこの国の冬の日差しに動かずにいる |
森口 文子 |