平成24年9月号より
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選 者 の 歌 |
桑 岡 孝 全 大阪 |
いつとなき過去なつかしく雨水の溜りに落ちて輪をえがく雨 |
農に従事の平均年齢六十七と聞きおよぶこの国はもつのか |
できるだけのことはしたりし秀吉か二代を全うせぬ家ながら |
性根なる台詞を聞きてなつかしむ昭和十一年作小津の映画に |
番長として日を送る少年のつらきこころもかつておもいし |
高 槻 集 |
安西 廣子 大阪 |
春闌くる昼のしばしを鳴き交わす鳥あり姿見えざるままに |
白き花雨受け止むる形して泰山木は高く咲きたり |
病む夫に代われる吾の剪定に今年の紫陽花莟少なし |
ありがとうございましたと表示あり敬老乗車証機器に翳せば |
いく度も栓無きことを思いつつ帰る家内百合の香りぬ |
矢印は暗き廊下の奥を指す霊安室あり病院の中 |
花茎の闌けて傾く擬宝珠にたふるれば落つ淡きむらさき |
中谷 喜久子 高槻 |
この宵は眠れているや微熱つづく夫の思わる外は月照る |
何時にても応接明るきナース等に支えられつつきたるを思う |
なかなかに復調ならぬあせりとも夫の食欲不振のつづく |
育ちたる胡瓜の苗を本床に移し植えたり見とりのひまを |
隣家より堆肥下さる手すさびにトマト二本を植えたる吾に |
気力もどる夫か散歩を今日よりは三十分に延ばすと出でぬ |
残さるる吾のたつきを時に言う先立ちゆくと決めているらし |
南部 敏子 堺 |
わが丈まで茎の伸びたる人参にいかなる花の咲くかと待たる |
人参の花咲きつぎて誘うにハナムグリハチアリも登り来 |
認知症の検査をせよと子の言うをそうやねと受け心うろたう |
はじめての街の病院に付きくるる足早き子に合わさんと息急ぐ |
予約せる午後の院内しずかにて認知症センター若きも出で入る |
どのような検査受くるか昂りて指図のままに吾の従き行く |
メカの立つるさまざまの音四十分頭部MRI真面目に仰臥す |
■ 推奨問題作 (7月号から ) 編集部選 |
現実主義の可能性拡大をめざして |
車椅子押して毎朝ゆく散歩木草の芽吹き夫と語りて |
安西 廣子 |
少しずつ夫在りし日と変りゆく圧力鍋を小さく替えて |
上野 美代子 |
手遅れにさせて逝かせたこの落度如何に言おうと愚かの一言 |
小倉 美沙子 |
日曜に病院までを乗る市バス悲しいほどに客の少なし |
奥嶋 和子 |
日の残る遠き辺りの吾が家に妻は一人の夕餉の時か |
遠田 寛 |
面会の時間余して部屋を出る背くぐまる汝の姿見送る |
〃 |
訃報欄に九十一の戦友種田が載る病室に終日追憶のビルマ戦線 |
坂本 登希夫 |
誤嚥防ぐと仕方なくすり潰すこれでも食事というのだろうか |
坂本 芳子 |
徒らに長生きをして来しいのち白く帯なす星くずの下 |
竹中 青吉 |
ひだり手に慣れぬケータイ操りて一つの結社へ退会申請 |
鶴野 佳子 |
学生の授業アンケート「退屈」を肯いシュレッダーに噛ませる |
中道 英美子 |
麻酔より醒めぬ恐れももつ夫のストレッチャーの上で手をふる |
中谷 喜久子 |