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選 者 の 歌 |
桑 岡 孝 全 大阪 |
新約の忌む職業に取税人というありマタイもそれなりき |
羅馬のため猶太の同胞から徴(はた)るのが取税人なり憎悪されにき |
八十年にひとたびをのみ食いし物かぞうるなかに蝗と桑の実 |
髪と爪を置きていでたつ兄を送りし母をおもうよ七十年経て |
国民服というを纒いし日の父を思い出でつつあかとき悲し |
湧 水 原 (43) |
伊藤 千恵子 選 |
奥嶋 和子 〈奥能登〉 |
海際に続く白米千枚田小さきは五十センチ四方といえり |
縁結びの鐘は鳴らさず娘のためにそっと祈りぬ浜辺の塔に |
青色の郵便貨車の残される能登中島駅番外ホームに |
浜えんどう野アザミの咲く中を来て日本海に向く断崖に立つ |
原子力センターを過ぐ騒ぐ人も看板もなければ違和感もなく |
佐藤 千惠子 〈永久に入る〉 |
楽きこえて指を動かすベッドの兄トロンボーンを若き日吹きし |
抗癌剤により髪抜くる兄のため帽子を二つ編みて携う |
手にふれつつしだれ桜のトンネルを来年もみたし兄は願えり |
一時帰宅衰えて姉に支えられ歩む洋服だぶついている |
隣室のかすかなる声もれきこゆわれをよぶ兄死ぬよといいぬ |
あーんしてわれも口あけ痰をとる兄は子供のごとくなりゆきぬ |
死に近き兄の両足撫りつつその冷たさに涙とまらず |
脳死となりて二日後をアリガトウ自ら告げて永久に入りたり |
津月 佑子 〈孫文の館〉 |
父のふる里若狭中山寺に掲げらるる孫文の手蹟魯迅の手蹟 |
亡き伯父の杉本勇乗と親しかりし孫文記念の館おとなう |
なでしこの溢れ咲くなか小鳥らは群れて遊びぬ海辺の公園 |
西川 和子 〈足跡を訪ねて〉 |
軍歴の項に記されし地名等拾い照合す台湾地図に |
戦局を想いつつ読む十九年十一月再召集の記述 |
僅かなる残存船にて基隆に上陸せしは二十年一月 |
百十五周年慶祝の書を掲げ広き廊下の壁の児等の図画 |
竹丸太で急拵えの兵舎に漸く父は電気を引きにき |
攻撃無き以上は発砲する勿れ射程一千米を敵機ゆくとも |
高射砲一度も発射せず終戦を迎えしという父の部隊は |
帰還すべく総督府に集結し願を待つ間も使役に出でき |
春名 重信 〈入峰記〉 |
行き行きて山のなだりの石道に数多講社の石塔の立つ |
鐘掛けの行場の見えて岩を這う鎖を握る者みな黙る |
声上げて数十人の隊列は白装束の警察官ら |
千尋の谷に存せる石仏を拝まんとして岩に俯す |
手と足の填る窪みを探りつつ屏風岩にて横這いをしつ |
護摩壇の盛る炎を鎮めんと塩を振り掛け錫杖を振る |
頭上より落ちくる水に堪えながら唱うる心経六時の行に |
森本 順子 〈花を訪ねて〉 |
海沿いを登り下れる彼方には猿山岬の灯台の見ゆ |
荒磯に食べる分だけ若布また天草を採る暮し羨しむ |
梅雨晴れに遠く来たれる湿原に鈴蘭はまだ五分咲きのまま |
草原を柵で囲って種牛の放牧中にて危険をいう札 |
山口 聰子 〈絵と花と〉 |
にわか雨紫淡き小花揺る畑一面のらっきょうの花 |
らっきょうの花四五本を摘み帰り夜の長きに花咲くを待つ |
エーゲ島白壁の家立ち並ぶブーゲンビリアは風受けなびき |
■ 推奨問題作 (8月号から ) 編集部選 |
現実主義の可能性拡大をめざして |
服用を終うる事なく逝きし夫箱に残さるる薬剤の量 |
小倉 美沙子 |
水島にクレーム処理終え倉敷に絵画鑑賞せしは若き日 |
奧野 昭広 |
出征する父に抱かれて声あげて泣きし我なり七十になる |
奥村 広子 |
四十日あまりの留守に若葉せる下にて今日は足を慣らしつ |
遠田 寛 |
シッカリト・キチット連発確信のなき政治家の近時の用語 |
川口 郁子 |
誕生日を臥して迎う捕虜作業で受傷の腰椎痛む |
坂本 登希夫 |
古稀われはまだ二十年生きてやる思えば芝生でビールはうまし |
坂本 芳子 |
尊厳死望む書類を更新す十年区切りの二回目にして |
白杉 みすき |
九十余年使いし手足湯にうかべ枯木のごときを折曲てみつ |
竹中 青吉 |
貴方が亡くなって五十一回目の結婚記念日の永久に消ゆ |
鶴亀 佐知子 |
栗林の獣茂みに移るを見たり気温さがりて日蝕はじまる |
森田 八千代 |
雲払う風ありて仰ぐ金環食幾千万の中の一人ぞ |
安西 廣子 |