|
|
| 選 者 の 歌 |
| 桑 岡 孝 全 大阪 |
| 余呉の名を知りてひさしくその岸に一夜を眠る友のみちびき |
| かえで一木十ひらほどが赤くなる葉を見る朝の湖(うみ)ぎしの窓 |
| 山をくだり水よりたちて朝あわくただよう靄に鳰のかくれず |
| 湖ぎしの国民宿舎におもいつつわかさぎは膳にのぼらず終る |
| 引率教師の責もはやなくこころのどか友の差配に委ぬる二日 |
| 高 槻 集 |
| 坂本 登希夫 高知 |
| 唐突にかかる電話は同年の九十八美恵さん元気でよかったね |
| 日本兵捕虜を騙して作業能率を上げんと英国司令官思いし |
| 屈辱と忍従空腹に耐える捕虜作業昼食は水のみ土工作業しき |
| 日本は米四合英支給は九オンス昼食なく午後は足もつれき |
| 九十日入院せし子が椪柑の草刈ると地下足袋履きおる |
| 停年退職の子に根深苗は三本宛植えよと教える |
| 九十八の足はこうも重いものか腰かけて大根葉間びく |
| 土本 綾子 西宮 |
| 庭隅に積みおく落葉腐葉土となりて茗荷の大き花咲く |
| 待ち待ちてようやく咲ける木犀のこの年の花匂いの淡し |
| 剪定を終えて明るくなれる庭千両の実のつややかに照る |
| 鶯の来りし頃もあるものを雀さえ姿を見せずなりたり |
| 日の没(い)るを待ちて庭草取りに出づ三十分を限度ときめて |
| 同窓会誌死亡欄に載る大方は吾より若き昭和の生れ |
| 誰も彼も健やかに在りし日のままの夢なりき覚めてしばし楽しむ |
| 安藤 治子 堺 |
| 新年会に君が余興の貝殻節その節廻し我が耳にあり |
| 墓参に追悼歌会に行き難くひとりし辿る君の面かげ |
| 厚生園歌会はほの暗き畳部屋帰り新参のわが怖ず怖ずと |
| 会果つれば未だ仮免の君の腕に送り給いき夕べの町を |
| 足下に積みし書籍の崩れたる副院長室を訪いししばしば |
| 永病みの君を見舞うをためらいき悔ゆるとも善しとも思いさまざま |
| わが庭のカリン早々と今年落つ木先生に柴谷先生ゆかりの木の実 |
| ■ 推奨問題作 (11月号から ) 編集部選 |
| 現実主義の可能性拡大をめざして |
| 太る西瓜捨て入院決めつ百までの一年六月生くべく |
| 坂本 登希夫 |
| 人としての尊厳保ち逝きたるを子ら共々に初盆にいう |
| 鶴亀 佐知子 |
| うす紅の芙蓉の蕾あまたつく夫の墓前にカップ酒置く |
| 沢田 睦子 |
| 水仙は母の好みし花なりき迷わず求む花舗にきたりて |
| 篠木 和子 |
| 上官にかくれて我が家の門先に食べ物を乞いし兵を忘れず |
| 白杉 みすき |
| 散策は車椅子にて行くしかない少し休もう葉桜の下 |
| 鶴野 佳子 |
| 側溝の草引く我に暑いねと声かけ過ぐるは淋しき人か |
| 中道 英美子 |
| 当分は経過を見んと医師言えばおしはかり見るわが残生を |
| 長谷川 令子 |
| みなし児と呼ばれたる日の記憶あり祖父母逝きにし小4の夏 |
| 林 春子 |
| 三世代共に暮らせるとなり家はいつしか吾のこころの頼り |
| 森口 文子 |
| わが言うを耳遠き友聞きとれず会いたきを告げ電話切りたり |
| 上野 美代子 |
| 見回して知る人のなき店内に昼餉とるなどかつてなかりし |
| 小倉 美沙子 |