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選 者 の 歌 |
桑 岡 孝 全 大阪 |
訃によりて基督者なるきみと知るながくも淡き交わりにして |
篤信を裡につつみて生きたりしためしに小川千枝さんなども |
ひたすらの医業は六十年という祈りの日々はそれを越ゆるか |
医家なれば多忙を常と老いまして挙措に弾みを見る思いせし |
代講せしカルチャー木教室に列なりいましき壮年にして |
高 槻 集 |
坂本 登希夫 高知 |
三名の看護師が異なる薬目に注し三時間の検査するに視力おぼろ |
九十八が白内障手術可能とぞ病院の長廊下弾み帰る |
箸もペンも度々落すに看護師長力かぎり握れと手を出す |
膝をつき上体のばし風呂場の掃除中そのまま友逝く八十二歳 |
ひと月後白寿のわれ飲みすぎで入院せし子をひたすら思う |
十時まで寝る九十八の布団めくる遅くまで起きぬを子は案ずと |
臘梅咲き南天の朱実映える下白寿の初日拝む日近し |
竹中 青吉 白浜 |
大正六年巳年生れの同級生生き残る中の一人かわれは |
どの家も兄弟姉妹五六人そだちて貧しくつましかりけり |
九十六歳運転免許大切に店の配達てつだう友は |
昭和二十年十月三十一日は武昌野戦病院にいのち拾いし日 |
武昌郊外東湖の蓮今いかに広き水辺をまぼろしに見る |
草に切り入る民族の力と詠みし韮菁集その群衆がいま反日に |
一人しか生めぬに人口増加する目先の尖閣よりも重大 |
土本 綾子 西宮 |
古里を訪うは最後になるべしとひそかに思い旅の荷をまとむ |
親族も招ばずうからと吾のみに営む母の十七回忌 |
ビデオに見る母九十五生きいきと仕草交えて語らう姿 |
変体仮名文語の添書きになづみつつ母のアルバムを吾等繰りゆく |
介護4となりたる義姉を支え生くる兄九十五見るに切なし |
新しき墓碑並び立つ寺庭にもっとも古きわが祖の墓 |
新しき墓石のあまた並ぶ中に幼馴染の友の名あり |
湧 水 原 (44) |
伊藤 千恵子 選 |
奥嶋 和子 〈 平戸・天草 〉 |
どの道を行きても丈低き石蕗の黄の花咲けり平戸巡りて |
昇りきて大バエ灯台崖下に突落とされそうな風に吹かれる |
地獄谷の激しく上がる湯煙をあびつつ歩む旅の朝に |
まゆみの実数多さがれり標高の高きここには紅淡く |
改装なりし熊本城の天守閣へ一気に登る夫は残して |
金田 一夫 〈 通信隊基地回顧 〉 |
臼杵市に数多彫られし中にして大日如来大き面やさし |
沖縄の玉砕を聞きし新田原の吾が通信隊いま空自基地 |
平戸港に貿易をせしオランダの商館跡に塀の残れる |
都井岬は野の馬の数多遊び遥かなる先太平洋見ゆ |
佐藤 千惠子 〈 夏から秋 〉 |
リハビリのために始める朝の散歩目覚時計が呼び続けてる |
かたつむり触覚動かし岩を這う孵化せるばかりの大小数多 |
引潮のときに来ればボラの群尾鰭が見えて水を跳ね上ぐ |
髪濡れるまで雨烟る遊歩道を来りて朝の体操をせり |
明けきらぬ遊歩道ゆくわが前をコウモリよぎり闇に消えたり |
堰を落ち流れひろがる中州のかげボール一つが浮かびつつ舞う |
森本 順子 〈 観音峰 〉 |
大峯ではここにのみ生うる紅花の山芍薬のはじけ種採る |
南にはブナとヒメシャラ北は杉観音峰は展望のなし |
うす暗く間伐材の散乱し朽ちて苔むし荒れる杉山 |
ヤマイモのムカゴ食みたる猪の足跡乱れあまた残れり |
走り根になずみロープにすがりゆく法力峠まだまだ遠し |
山口 克昭 〈 灯す 〉 |
さるすべり此の木笑うと村の子ら撫でて揺すりき笑えわらえと |
浪荒き九月の浜に甘酸ゆきはまなしの実を少年食みし |
葛城を越えて柿畑みかん山過ぎて行きつく青洲の里 |
桃熟れて岡も川辺もにおい満つる村を外れて一休する |
皇子おもう藤白坂のこごしきに花さく竹の藪を過ぎゆく |
庭先に草花摘みきて教え子のおもいおもいに供えまつりし |
■ 推奨問題作 (12月号から ) 編集部選 |
現実主義短歌の可能性拡大をめざして |
顔ぶれは夏蜜柑の並ぶごとければ一国のことまかすに足るや |
竹中 青吉 |
幾度か入退院せしこの病院何処にもあり夫の面影 |
鶴亀 佐知子 |
われの背で息きれし気づかず遺体を長く運び言われ下ろしき |
坂本 登希夫 |
上手下手に拘(こだわ)るよりも続ければ貴女の歌になると言いましき |
南部 敏子 |
全盲の君が手にするサンポーニャ丈一メートルの管を一吹き |
西川 和子 |
水浴びて秋の彼岸に涼しげな水子地蔵は我が息子なり |
春名 重信 |
リビングの紙屑ひとつ拾えずに今日のすぎたり腰を痛めて |
春名 久子 |
出征する兄送る日の家族写真末の子われを母の身ごもる |
松内 喜代子 |
鹿除けの網に掛かれる猪の乳瓜坊二匹貪りいしとぞ |
松本 安子 |
万華鏡見ている思いの幾分間水晶体の交換される |
森田 八千代 |
負傷して漁を休めるインドネシア人ひとりの宿舎に泣声きこゆ |
岩谷 眞理子 |
葬いの続きし暑きこの夏に御祖の小さき数珠を失う |
鈴木 和子 |