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| 選 者 の 歌 |
| 桑 岡 孝 全 大阪 |
| パレンバン落下傘部隊生き残りの教官を畏怖せし兄早く亡し |
| 学問がきらいで少年軍属となりて学問を強いられし兄ぞ |
| 満豪開拓少年義勇軍の勧誘をしりぞけて兄いのちを伸べし |
| 山に籠りて進駐米軍とたたかうと復員後また出でにし兄ぞ |
| 戦後社会の急変転に揉まれたるすえを元旦に過労死せりき |
| 高 槻 集 |
| 山内 郁子 池田 |
| 十四年ぶりの鳴滝大根(だいこ)焚き先ずは十字の名号おがむ |
| この年のご詠歌の稽古おさめとす仏名会(ぶつみょうえ)和讃唱えまつりて |
| 不揃いの柿がたくさんなりました近所に配り小鳥に与え |
| 桐の実の高くに鳴れる道ゆきて病みます友を今日はおとなう |
| 歳晩の日のあたたかくおちこちに紋付鳥の庭を歩める |
| 霊鷲山(りょうじゅうせん)に詣でたる日もはるかなり釈尊のみ教え習いて過ごす |
| 生うるまま自由に咲けと境内の冬の蒲公英に僧わが子言う |
| 安藤 治子 堺 |
| 駆くるごと過ぎし月日か共にありし三十五年亡き三十二年 |
| 病名は問うなく我も口にせず限られし三月苦しかりしよ |
| 収入(みいり)なべて教えてやってゆけるかと問いき転帰の十日前にして |
| 終(つい)の背広の胸ポケットより取り置ける二本減りたるマイルドセブン |
| 横になる姿勢が楽になる我を許し給えなうつしえの裾に |
| 三十二年壁に掲ぐるうつしえの見え難きまでわが存えぬ |
| いつしかにガラス戸の外は闇となり夫の忌の日の終りゆきたり |
| 土本 綾子 西宮 |
| デイケアの迎えの車が次つぎにわが町に来る月曜の朝 |
| 向こう三軒わが家も共にデイケアのお世話になりて年を越えたり |
| 居なくなったが亡くなったと声に伝わりて黒服などと声慌し |
| 連れ立ちて花博に遊びし日もはるか門に立ち話することもなし |
| 六キロは膝に重たし二ケ月のひい孫に今日初対面す |
| 二ヶ月の瞳に何を捉えんや首まげてテレビの画面に見入る |
| よく働きし手ぞと言いつつ若き友は冷ゆるわが手をさすりてくれぬ |
| ■ 推奨問題作 (2月号から ) 編集部選 |
| 現実主義短歌の可能性拡大をめざして |
| 一時間の停電待てず十四の階をおりゆく夫の気力 |
| 林 春子 |
| 十一月といえども日差暖かき今日蛇と蟹が畑を這いぬ |
| 平岡 敏江 |
| 老い母は征きて還らぬ弟に似るとかなしむ曾孫の幼なを |
| 堀 康子 |
| 帰りたき家に帰りて庭見ゆる部屋に日なかを眠りいましき |
| 森口 文子 |
| 法句経読みて知りたりゆったりと生くれば早く浄土に着くを |
| 山内 郁子 |
| 栗鼠と貂漁師ひとりに行き逢いぬ余呉湖一周六粁二時間 |
| 山口 克昭 |
| 夢にたつ父訝しみ吾が病悪化せるかと思いてもみる |
| 岩谷 眞理子 |
| 一言が過ぎたと思う受話器持ち吾がぼんくらをしみじみ思う |
| 蛭子 充子 |
| 九十八が白内障手術可能とぞ病院の長廊下弾み帰る |
| 坂本 登希夫 |
| 小走りの出来ずなりたる身を言えば急ぐ用などなかろうという |
| 佐藤 千惠子 |
| 九十六歳運転免許大切に店の配達てつだう友は |
| 竹中 青吉 |
| 私語多き階段教室同僚はコピー二百部とりつつ託つ |
| 中道 英美子 |