![]()
|
選 者 の 歌 |
桑 岡 孝 全 大阪 |
わが大阪氷点下と予報する夜をしのぐ老躯に湯たんぽがある |
老耄また新段階をきたせりと修辞するともなぐさまぬ宵 |
おおよその人のする如添い遂ぐることになるのか至らぬ吾等 |
婆様が茶髪にミニで燥いでいるような歌にもわれたじろがず |
寺院の嗣子宮武君以前同期の死が一人ありしを集いにて知る |
高 槻 集 |
坂本 登希夫 高知 |
暖房のきく病室は一ヶ月の吾が城(しろ)岡野先生署名の歌集をまず出す |
九十九の入浴にヘルパー三名が脱衣室にて待つにとまどう |
病院の朝の浴場でヘルパーに白寿の皺の体(からだ)洗われる |
ビルマより帰国時(じ)妻に洗わせし背をヘルパー洗いくれる六十五年め |
節分の病院食は海苔巻きずし納豆もつきおるは有難し |
バレンタインデーの病院食チョコレートあり白寿は若返る思い |
病院のトイレをひたすら洗う女人間ドック十五年めも見るは尊し |
土本 綾子 西宮 |
照り翳り風花の舞う一にちを籠りて読みて肩のこわばる |
デイケアに夫を送り出し台所の片付け終ればはやも眠たし |
一人居の昼は安けし気兼ねなくテレビの音を大きく上げて |
靴下を三枚重ねてなお冷ゆる足をつつみて早ばや寝ねむ |
夜の床に極楽極楽とひとりごち居りたる祖母を思うこのごろ |
五右衛門風呂にランプの記憶幼くて父に抱かれし夜々の湯浴みに |
通せん坊されし記憶のおぼろげに種夫君半身不随と聞きぬ |
鶴野 佳子 大阪 |
窓際狭くわが車椅子寄せ付けず窓から外を見るが憧れ |
もらいたる林檎を置きて右半身麻痺の体で眺めて居りぬ |
独り暮らしになれ難くして人を恋う離れ小島に居る心地して |
おせち料理を家で作らず買う時代なのか広告チラシ山積 |
職員は防菌服に身を包みノロウィルスに身構えている |
刈り終えし田の雑草の中に一輪紫の小さき花咲くを見る |
インフルエンザ猛威ふるえば職員に倣いて吾も今日よりマスク |
■ 推奨問題作 (3月号から ) 編集部選 |
現実主義短歌の可能性拡大をめざして |
あたらしき診察券を数えみる健康過信の末の七十 |
松内 喜代子 |
立会人の目守る中を杖二本つきたる夫が投票をする |
松本 安子 |
強風に注意の標識ひかる道続くよ姉は死に給うなり |
森口 文子 |
ON・OFFで育つ若きは篝火の点火に悪戦苦闘している |
安井 忠子 |
勘三郎送らるる日にわが兄の献体ありぬ係りあらねど |
山口 克昭 |
母の名の予約の席にうち連れて九十八歳母を祝う日 |
吉田 美智子 |
上の子の手を引き下はねんねこに負(おぶ)いて吾の温かかりき |
安西 廣子 |
歳晩に孫の晴着を整えてひとときこころはなやぎており |
大山 康子 |
御用船でビルマへ征きし部隊の中伍長五名生還は吾れのみ |
坂本 登希夫 |
風邪ひきて数日休むと届けおき仲間は逝きぬ苦労の末に |
坂本 芳子 |
預けられし少女期隠れて学びし母の新聞隈なく読む九十六 |
鶴亀 佐知子 |
孫よりのニットの帽子かぶる今日歩数計見てもう一回り |
長谷川 令子 |