平成25年6月号より
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選 者 の 歌 |
桑 岡 孝 全 大阪 |
冷えわたる今宵思うは子息のもと信濃に病むという人のうえ |
是非とものねがいならねど見ずに終るか閑谷黌も桂離宮も |
街を奔る猪を報ずる摂津池田に就職するわれを母の憂えし |
老いて膝病まば襌僧はどうするのか考えてみる吾も病めれば |
話に聞きて会わず終わりき菊池寛に風貌似る遠縁の鉄工所主人 |
高 槻 集 |
安西 廣子 大阪 |
久々に深く眠りて覚むる朝身に再びの力湧きくる |
恙ある夫がホームに暮すこと吾が病む時に有難きかな |
家うちに足音聞くは久しぶり今日息子らの来りて泊る |
うとうとと微睡むことの多くして夫はホームにこの春をあり |
心ひくひとつでありしつくしんぼ今年の春はただに見て過ぐ |
背を伸ばし桜の下を歩みゆくくぐもる鳩の声聞きながら |
去年の秋わが埋めたる水仙の思いたるより小さき花咲く |
鶴亀 佐知子 赤穂 |
始発電車の二両目のこの席なりき夫と並びて旅せし幾度 |
ただ一度空飛ぶ旅に連れ立ちぬ窓側に坐らせ呉れし夫思う |
香り良きコーヒー好みし夫に合わせ過ぎ経し今は日本茶が良し |
喫茶店に初めて入りて黙々とコーヒー飲むをデートと思いき |
七歳の年の差なればわれはまだコーヒー知らずケーキが良かりき |
不器用にプロポーズもなく連れ廻す君に不思議に惹かれゆきたり |
義母となる姑に最初に言われたり難しき子を好きくれありがとう |
鶴野 佳子 大阪 |
猖獗のインフルエンザに職員のマスク着くるにわれらの倣う |
マスク着け食事の時間となりにけり一体マスク如何に致さん |
大阪に何年ぶりかで積む雪に驚いて向うデイサービスに |
降る雪は窓よりいくら眺めても積む気配なし大阪の街 |
左手では包丁が使えぬ侘しさに泣きたくなりぬ泣いてもいいか |
発作的に死にたくなるを許されよ右手の麻痺は心を殺す |
車椅子のわが足元に転がってきたるボールを蹴り返し得し
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湧 水 原 (45) |
伊藤 千恵子 選 |
佐藤 千惠子 (曼珠沙華) |
何ゆえにここに挟みし思わざる兄の遺せるメモの出でたる |
甲山の桜いまごろ咲きていん共に眺めし兄はもう亡し |
山峡の宿をゆるがす台風につどいぬ兄の一周忌なる |
兄の植えし紫木蓮なり返り咲く花に黒揚羽一つまつわる |
姉夫婦をたのみてすがる心ありて三十余年を居候せし |
長い読経を厭いし兄を偲ぶなり供養の経に唱和しながら |
雨の日は人に会えなくて寂しいと電話のむこうの気弱なる姉 |
森本 順子 (八風越え) |
川沿いの街道たりし林道の石のあらきをなずみつつ踏む |
荷を背負うままにあずけて憩いにし腰高石の苔むし残る |
田光(たぴか)川源流となる滝見えて石をとびつつ川を渡りぬ |
谷あいは四月半ばを雪残る木々の芽ぶきをいまだ見るなく |
伊勢平野見下ろす峠平らかに社の名残鳥居のたてり |
急なだりを八風谷へ下りゆく水に漬かれる落葉を踏んで |
藪抜けて八風街道恐ろしきヤマダニ腕にはりついている |
■ 推奨問題作 (4月号から ) 編集部選 |
現実主義短歌の可能性拡大をめざして |
夕暮れの駅に連呼の声ひびく何頼むなき選挙始まる |
脇本 ちよみ |
カラマツの枝の霧氷の舞いて来てメガネに露を結びとどまる |
天ケ瀬 倭文子 |
シベリアより還りし父に背(せな)を向け泣きにし遠きひとつ思い出 |
荒井 比佐子 |
夜勤ある三交代の疲るるや資格取らんと子は勉強す |
安西 廣子 |
病名は問うなく我も口にせず限られし三月苦しかりしよ |
安藤 治子 |
遺影の下ふとんに顎まで埋め寝ん夫の命日三たびめぐり来 |
上野 美代子 |
寺毀ち御仏の首かき取りし維新の果てや兵士の墓立つ |
黒川 理子 |
ふくよかな体が骨と皮になり父は死ぬまでロシア怨みき |
沢田 睦子 |
舞鶴に出迎えの母体重が半分の父を見あやまりにき |
〃 |
六キロは膝に重たし二ケ月のひい孫に今日初対面す |
土本 綾子 |
陽光を好む植物と説明を記せど窓の小さき個室 |
鶴野 佳子 |
生うるまま自由に咲けと境内の冬の蒲公英に僧わが子言う |
山内 郁子 |